五ヶ山市助

五ヶ山市助

五ヶ山 市助（ごかやま いちすけ）は、戦国時代末期から江戸時代初期（没年は一六〇六年とされる）にかけて活動した人物で、井波瑞泉寺の末寺である下梨道場（現在の下梨瑞願寺）の道場主でした。また、加賀藩による五箇山地域の統治が始まった初期に、代官（十村）という重要な役職を担ったことでも知られています。苗字は高田とされ、下梨村市助とも呼ばれました。古文書の中には「五ヶ山市介」と表記される例も見られますが、主に藩の公務に関する文書では「市介」が、寺務や一般の百姓に関わる場面では「市助」が使われていたようです。この「五ヶ山市助」の名跡と代官職は、初代以降五代にわたってその子孫に引き継がれ、五箇山統治史において中心的な役割を果たすことになります。

下梨道場の背景

下梨道場、後の瑞願寺の由緒によれば、その祖先は楠氏の流れを汲む天台宗の僧、常見坊とされています。この常見坊が、本願寺第五代綽如（しゃくにょ）の教えに感銘を受けて真宗に帰依し、井波瑞泉寺の道場坊となり、最終的に下梨の地に道場を開いたと伝えられています。ただし、現代の歴史研究では、綽如の時代に五箇山で既に真宗が広まっていたとする伝承には慎重な見方があり、本格的な真宗の浸透は本願寺第八代蓮如（れんにょ）の時代とする説が有力です。

蓮如は文明年間（一四六九～一四八七年）に越前国吉崎御坊に滞在し、北陸地方の門徒を大幅に増やしました。その影響は井波瑞泉寺にも及び、長らく住持が不在だった瑞泉寺に本願寺の血筋を引く住持が入ることになります。瑞泉寺第六代の賢心（けんしん）は、五箇山の真宗門徒の指導者であった赤尾の道宗（どうしゅう）と交流があったという伝承があり、賢心の時代に五箇山地域に瑞泉寺門徒の基盤が形成されたようです。この頃、五箇山には本覚寺や専光寺、常楽寺といった越中国外の有力寺院も布教を進めていましたが、瑞泉寺は地元の利を活かし、庄川沿いの小谷（おたに）・下梨谷（しもなしだに）地域を中心に門徒を増やしていきました。五箇山における瑞泉寺門徒の中心的な存在となったのが下梨道場です。この頃、修理亮乗資（しゅりょうじょうし）という人物が道場主を務めていたとみられます。乗資は道宗の没後、五箇山の真宗門徒を代表する立場に就いたようで、天文二十一年（一五五二年）十月二十七日付の五箇山衆による連判定では、八十六名の連判衆の筆頭に名が挙げられています。また、瑞願寺に所蔵される古文書の中で最も古いものとして、本願寺第九代証如（しょうにょ）からのものとされる請取書状（天文五年から八年の間）が残されています。天正九年（一五八一年）、井波瑞泉寺が佐々成政（さっさ なります）の兵火にかかって焼失した際には、瑞泉寺第七代の顕秀（けんしゅう）とその弟である維秀（いしゅう）が下梨道場へ避難するなど、下梨道場は五箇山における瑞泉寺の最も重要な拠点と位置づけられていたことがうかがえます。

歴代市助の歩み

五ヶ山市助の名跡と代官職は、初代から五代にわたって継承されました。その活動は、加賀藩による五箇山統治の形成期から発展期にあたります。

初代 市助（-1606年頃没）

「井波瑞泉寺記録」などの史料によれば、初代市助の出自については伝承がいくつかあります。元亀二年（一五七一年）に上杉謙信（うえすぎ けんしん）と織田信長の和睦が成立した際、上杉方から人質として来た上田隼人（うえだ はやと）の子が五箇山に住み着き、「梨の市助」と名乗ったとする説や、瑞願寺の伝えでは、上杉謙信の末子である長尾小兵衛（ながお こへえ）が養子に入って「五ケ山梨市介」と改名したとする説があります。いずれの伝承も、初代市助が五箇山の外から下梨道場に入った人物であることを示唆しています。

天正十三年（一五八五年）、富山の役を経て佐々成政が越中から退去し、前田家による越中支配が始まると、初代市助が五箇山の統括役として史料に登場するようになります。天正十六年（一五八八年）八月十五日付で、加賀藩から「五ヶ山」に対し、年一回の納所銭（年貢）五十貫文と、三年ごとの臨時納所銭五十貫文、合計百貫文の納入を命じる申渡状が瑞願寺に残されています。この百貫文は申渡状が伝えられてすぐに納入されたようで、同年十二月一日付で前田利長（まえだ としなが）から「五ヶ山市介」宛に出された納所銭の請取書も現存しています。これが「市介（市助）」が史料に現れる最初の例とされています。この時期はまだ加賀藩の統治体制が確立しておらず、支配が末端まで及んでいなかったため、加賀藩は市助のような有力者を介して税を徴収しようとしたとみられます。

さらに、文禄二年（一五九三年）十月二十一日には、前田利長から市助に対し、諸役を免除する旨の文書が下されました。これにより、代官としての市助の立場は一層強化されました。その後しばらく市助に関する文書の記録は途切れますが、慶長八年（一六〇三年）からは税納の記録が再び見られるようになります。慶長十年（一六〇五年）には、天正年間の約八倍にあたる金子三十枚と塩硝一千五百斤が納入されたと記録されており、これは慶長九年（一六〇四年）に越中での検地が始まったことと関連しています。加賀藩の地方支配が詳細に行き届くようになった結果、この頃に税額が急激に増大したと考えられています。

慶長十年（一六〇五年）付けの市助宛の申付状には「代官を申付けないので、市助が策配するように」という記述があり、この頃には公的に市助が五箇山の納所責任者として任命されていたことが分かります。

二代目 市助（1606年頃-1617年頃）

二代目市助は初代市助の息子で、父の没後、慶長十一年（一六〇六年）頃から代官職を継いだとされています。慶長十二年（一六〇七年）には、見座村（みざむら）の九郎左衛門（くろうざえもん）が、五箇山の年貢を金子三十枚から四十枚に引き上げる「手上げ」（増額の申し出）を行うという出来事がありました。後に明暦三年（一六五七年）にも見座村が同様の申し出をしていますが、その際は「納税額を増やす代わりに、自分にも代官職（十村）を与えてほしい」と願っています。このことから、慶長十二年の九郎左衛門の行動も、五箇山の代官職を得ることを目的としていた可能性が指摘されています。

これに対し、二代目市助も見座村と同様に年貢を金子四十枚に増額することを藩に申し出、慶長十二年四月二日付で加賀藩からこれが正式に認められました。これと同時に、増額を連判して承諾した百姓たちに対して耕作地を与えるという措置が取られています。結局、見座村九郎左衛門が代官職を得ることはなく、市助の代官職はそのまま維持されました。この一件は、五箇山全体の納税額が増加する結果に終わったものの、市助家が代官としての地位を守った出来事と言えます。これ以降、三代目市助に代替わりするまで、五箇山からの納入額は金子四十枚・塩硝二千斤で推移しました。

三代目 市助（1617年頃-1634年頃）

三代目市助は二代市助の息子で、元和三年（一六一七年）頃から父の地位を継いで代官職を務めたとされています。二代目から三代目の代替わり直後、元和四年（一六一八年）には坂上西勝寺（さかうえさいしょうじ）が五枚、元和五年（一六一九年）には三代目市助が二十枚の「手上げ」を申し出ました。これも慶長十二年の手上げと同様に、市助の代替わりを好機と見た坂上西勝寺が代官職を得ようと増税を申し出たのに対し、市助側もそれ以上の増額を申し出ることで対抗し、地位を守ろうとした一件であったとみられます。

元和七年（一六二一年）からは、加賀藩への納入文書の宛名が「市助」ではなく「宮崎蔵人（みやざき くろうど）・生田四郎兵衛（いくた しろべえ）」と記されるようになります。これは、宮崎・生田の両名が新たに五箇山の代官に任命されたことを示唆しています。しかし、その後も瑞願寺には加賀藩への納入に関する文書が残されていることから、市助が引き続き代官職の実務を担当していた可能性が高いと考えられています。

四代目 市助（1634年頃-1663年頃）

四代目市助は三代市助の息子で、寛永十一年（一六三四年）頃から代官職を継承したとされています。四代目市助の時代には、五箇山の社会環境に大きな影響を与える出来事が二つ起こりました。

一つ目は、慶安二年（一六四九年）に井波瑞泉寺が、西本願寺派から東本願寺派へ宗旨替えを行ったことです。『瑞泉寺由来記』によると、瑞泉寺は京都の西本願寺本山に対し、高岡の勝興寺（しょうこうじ）と同格に扱うよう願い出ました。この際、瑞泉寺の住持である良宣（りょうせん）は、高岡の有力者である板屋六兵衛（いたや ろくべえ）と梨子之市助（=四代目市助）を同行させていたといいます。しかし、勝興寺側の妨害工作により、良宣らは座敷牢に閉じ込められてしまいました。なんとか牢から脱出した良宣は東本願寺に逃れ、この出来事を契機として、瑞泉寺とその末寺はこぞって東本願寺へと転向することとなったのです。なお、東本願寺に入山する際、市助は瑞泉寺ほどの大寺院が格式の低い台所門から入ることを不服とし、大声で正式な式台門（しきだいもん）を開くよう呼びかけたため、良宣らは堂々と式台門から入ることができた、という豪胆な逸話が伝えられています。

もう一つの大きな変化は、慶安四年（一六五一年）から市助と同格の代官職が新たに任命されたことです。これより少し前の寛永十九年（一六四二年）から二十年（一六四三年）にかけては寛永の大飢饉が発生しており、恐らく飢饉対策で代官職の業務が多忙になったこと、そして飢饉をきっかけに加賀藩で「改作法」（かいさくほう）という新しい農政が導入されたことにより、五箇山でも新しい統治体制の模索が進められていました。このような背景のもと、慶安四年、五箇山は西半（赤尾谷・上梨谷・下梨谷）と東半（小谷・利賀谷）に分けられ、西半は引き続き市助が、東半は新たに細嶋村（ほそじまむら）の源太郎（げんたろう）が代官職を務めるという二組制が始まりました。五箇山の村々を二つの組に分け、それぞれに代官職（十村）を置くこの形式は、江戸時代を通じて定着し、後に西半の組は「赤尾谷組」、東半の組は「利賀谷組」と呼ばれるようになりました。

五代目 市助（1663年頃-1688年頃）

五代目市助は四代市助の息子で、寛文三年（一六六三年）頃から父の地位を継いで代官職を務めたとされています。五代目市助の時代には、江戸時代の五箇山統治に大きな影響を与えた「判方制度（はんがたせいど）」の始まりが見られます。寛文十年（一六七〇年）、加賀藩が城端町（じょうはなまち）・井波町（いなみまち）の商人に対し、五箇山の農民へ金銭や物資を前貸しすることを許可した文書があり、これが判方制度の端緒であると指摘されています。この制度下では、貸米や作食米（さくじきまい）、塩代銀（しおだいぎん）といった借財に関する文書が残されるようになり、寛文十一年（一六七一年）から延宝七年（一六七九年）までの関連文書が瑞願寺に所蔵されています。この他にも、寛文年間の五箇山材木の川流し請負などに関わる文書も残されており、五代目市助の時代には地域の経済活動がより活発になっていた様子がうかがえます。

五代目市助は元禄元年（一六八八年）まで代官職を務めましたが、この代替わりの時点で後継となる子がまだ幼少であったため、六代目市助に任命されることはありませんでした。そこで、松尾村（まつおむら）の与次兵衛（よじべえ）が後任の代官とされ、ここに初代市助から約百年にわたって続いた市助家による五箇山の支配は終わりを迎えました。五代にわたる市助家は、加賀藩の五箇山統治の黎明期から発展期にかけて、税制の確立、統治機構の再編、そして地域経済の変容といった歴史的な転換点において、代官として重要な役割を果たしたと言えます。

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