松平信孝 (戦国時代)

松平信孝：三河を揺るがした武将の生涯

松平信孝（まつだいらのぶたか）は、戦国時代の武将であり、三河国松平氏の6代当主・松平信忠の子として生まれました。官途名は蔵人佐、通称は与十郎。徳川家康の大叔父にあたる人物として知られています。

一般には三木松平家の初代とされていますが、その家系の成立には複雑な背景があります。元々、三木は弟である松平康孝の所領でしたが、信孝がこれを押領したとされています。そのため、最初の所領であった合歓木（ねむのき）の名を取り、信孝の家を合歓木松平家とする解釈も存在します。

生涯

出自

『寛政重修諸家譜』によれば、信孝は松平信忠の次男として生まれました。信忠が家督を長男の清康に譲る際、信孝には合歓木を、三男の康孝には三木の地を分与したとされています。

松平広忠の岡崎帰還を支援

天文4年（1535年）、清康が家臣に殺害されるという事件（森山崩れ）が発生し、その子の広忠が家督を継承しました。しかし、広忠は大叔父である松平信定（桜井松平家）によって岡崎城から追放されてしまいます。

この事態に対し、信孝は大久保忠俊らと共に広忠の帰還を画策し、天文6年（1537年）5月1日、広忠は岡崎への帰城を成功させました。

ただし、近年発見された古文書からは、森山崩れの直後から松平信定が岡崎城主、もしくはその代行として扱われていたことが示唆されています。しかし、天文6年3月以降には、その対象が信孝に変わっていることが判明しました。これは、広忠帰還以前に信定が岡崎城を信孝に譲っていた可能性を示唆しており、当時の勢力関係について、通説とは異なる解釈を提示しています。

弟の康孝が亡くなると、信孝は三木城に拠点を移し、ここに「三木松平」という家名が誕生しました。『寛政譜』によると、信孝は広忠に重用されましたが、次第に権勢を振るい、松平親長や弟・康孝の遺領を押領するようになったとされています。

失脚

『寛政譜』には、「岡崎の老臣等」が信孝の増長を警戒し、広忠に信孝を失脚させるよう訴えたという記述があります。彼らは、信孝が第二の信定となることを危惧したのです。

『角川日本地名大辞典』によれば、天文12年（1543年）6月には、広忠が三木城を攻撃したとされています。

天文16年（1547年）正月、信孝が今川家への年始の使者として派遣されている留守中に、妻子や家臣が岡崎から追放されるという事件が起こりました。信孝は広忠に対し弁明し、今川義元に調停を依頼しましたが、広忠や「岡崎の老臣等」との関係修復は実現しませんでした。

この事件の背景には、水野氏との同盟を巡る対立があったとする説も存在します。小川雄は、松平氏と水野氏の同盟が信孝の後見下で結ばれたとし、広忠と於大の方（水野忠政の娘）の婚姻も信孝が主導したものであると指摘しています。信孝の追放は、水野氏との同盟の終了を意味し、広忠は於大の方と離縁することになったとされています。

また、小林輝久彦は、信孝追放の一因として、今川氏の三河進出に対する対応策を巡る対立があったと指摘しています。信孝は、今川方の牧野氏に長沢を譲り、連携を深めることを画策しており、その承認を得るために今川義元への挨拶を行ったとしています。

茶園紘己は、史料から天文12年まで信孝が松平氏の「名代」であったことを確認した上で、信孝と阿部定吉をはじめとする松平氏重臣層との間に、対立が存在したと指摘しています。定吉らが広忠の同意を得て、信孝を排除したというのが彼の見解です。

森山崩れを松平氏の内部対立に起因する家臣団の謀反と捉える村岡幹生は、広忠帰還の段階から、信孝と広忠を擁立した重臣層との間で、後見を巡る主導権争いがあったとしています。

離反と戦死

『寛政譜』によると、信孝は上和田城主・松平忠倫に与して織田信秀に通じ、三木と「岡」の両城に拠って広忠から離反しました。信孝が拠点とした「岡の城」の所在は定かではありませんが、岡崎南東の岡村（岡崎市岡町）の岡城、または岡崎南西の大岡郷（安城市山崎町周辺）の山崎城とする説があります。

小豆坂の戦いの後、天文17年（1548年）4月15日、信孝は岡崎城を攻撃するため明大寺村（現在の岡崎市明大寺町）に出陣しましたが、菅生河原（耳取縄手）において広忠軍の矢に射抜かれ、最終的に上田元俊によって討ち取られました（安城合戦・耳取縄手の戦い）。『三河物語』によれば、信孝の首を見た広忠は、「敵とはなってしまったが、気持ちの違いは全くなかったのだから、恨みとはまったく思っていない」と呟いたとされています。

信孝を討ち取った上田元俊は、その際に生涯歩行が困難になるほどの傷を負いました。その後、家康の命により、信孝の次女が元俊に嫁ぐことになります。元俊が小禄であったため、信孝の娘には化粧料が与えられました。

松平信孝の生涯は、三河の地における勢力争いの激しさを物語るものであり、徳川家康の台頭を前に、多くの武将が興亡を繰り返した時代を象徴する出来事と言えるでしょう。

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