松本亨の株式必勝学

1988年、イマジニアより発売されたファミリーコンピュータ用ソフトウェア、『松本亨の株式必勝学』は、経済評論家として知られ、株式投資に関する多数の著作を手がけていた松本亨氏が監修を務めた本格的な株式投資シミュレーションゲームです。キャラクターデザインは、当時週刊ヤングジャンプに連載されていた漫画『かっとびハート』の作者、山科けいすけ氏が担当。ゲーム音楽は澤和雄氏が手がけています。翌年には続編となる『松本亨の株式必勝学II』もリリースされました。

ゲームの目的

本作の最大の目的は、主人公が松本亨氏に弟子入りするための課題をクリアすることです。その課題とは、「2年間で100万円の元手を1億円以上に増やす」という非常に野心的なものでした。プレイヤーはこの目標達成を目指し、ゲーム内の経済世界で資産運用を行います。

システム概要

ゲームの舞台は1988年1月第1週から1989年12月第4週までの仮想の2年間です。ゲーム内の時間は、月曜日から金曜日を1週間とし、現実のような土日祝日の概念はありません。1日は朝8時30分に始まり、株式市場が開いている間、時間（分単位）はリアルタイムで進行します。午前11時から午後1時までは昼休みとなり、この間は株価は変動しません。株式の売買や情報の確認など、プレイヤーがコマンドを選んでいる最中も時間は止まらないため、迅速な判断が求められます。特に高額な取引では、現金の計算に時間を要し、それだけで1日が終わってしまうこともあります。1日の終わりは午後4時を迎えるか、「カレンダー」コマンドを選択することです。

プレイヤーには「LE（レベル）」「HP（ヘルスポイント）」「LP（ライフポイント）」という3つのパラメータが存在します。これらは2週間ごとに変動し、HPとLPの増加に伴ってレベルが上昇します。レベルが高くなると、1日に実行できるコマンドの回数が増えるなど、様々なメリットが得られます。ゲームオーバーとなる条件は、HPまたはLPがゼロになること、銀行や医者からの借金が返済できなくなること、あるいは証券会社から取引停止処分を受けることです。ただし、松本亨氏の助けにより、一度だけゲームを再開（コンティニュー）することが可能です。

ゲームデータはバッテリーバックアップ機能により、毎日自動的にセーブされます。しかし、ゲームオーバーなどの不利益な状況を回避するために、セーブ画面以外で電源を切ったりリセットボタンを押したりする行為にはペナルティが課せられ、所持金が半減してしまいます。

株式取引と資産運用

プレイヤーが取引できるのは、松本亨氏が選定した東京証券取引所の100銘柄に限定されます。ジャスダックや大証の銘柄は登場しません。株式の売買は、画面に表示される株式ボードを切り替えて銘柄を選択する直感的な方法で行われ、実際の証券コードはゲーム中には使用されません。また、実際の株式市場の仕組みと比べると簡略化されている点が多く、例えば売り板や買い板は存在せず、信用取引のルールも異なっています。

現物取引では、指値と成行の2種類の方法で注文できます。指値注文は指定した株価になれば自動的に約定しますが、成行注文の場合はプレイヤーが任意のタイミングで決定ボタンを押すことで約定します。現物買いが成立した場合、代金は即座に支払う必要があり、資金が不足していると取引不成立となります。これが3回続くと「信用失墜」とみなされ、証券会社からの取引停止処分を受けてゲームオーバーとなります。

信用取引は、買い玉と売り玉合わせて最大3銘柄まで保有可能です。実際の信用取引と異なり、担保としての現金や現物株式を差し出す必要がないため、追証は発生しません。注文方法は指値のみで、注文時には指値金額に株数を掛けた値の30%を委託保証金として支払います。注文が不成立の場合は保証金は全額返還されます。建てた玉は、基本的に6ヶ月以内（一部銘柄は3ヶ月以内）に反対売買で決済しなければなりません。

株式以外にも、不動産、中国ファンド、定額保険、定期預金といった様々な金融商品が登場し、これらも資産運用の対象となります。特に借り入れコマンドでは、定期預金残高の2倍まで融資を受けることが可能です。これを利用し、融資された資金を定期預金に預け入れ、さらにその定期預金を担保に融資を受けるという手法を繰り返すことで、ゲーム序盤から多額の資金を運用に回すことが可能になります。

その他の要素

ゲーム中には様々な情報収集手段があります。一般紙や業界誌、友人、証券マン、そして監修の松本亨氏本人から投資に関する情報を得ることができます。紙媒体の情報は有料ですが、それ以外は無料で情報を入手できます。レベルに応じて1日に情報を得られる回数に制限があり、特にレベルが低い段階では松本亨氏に会って話を聞く機会は滅多にありません。

「ハプニングサイン」コマンドでは、プレイヤーの身辺で発生する予期せぬイベントを確認できます。毎週月曜日に受け取る給与収入は定期的に発生しますが、結婚、出産、家族の病気、交通事故、盗難などは不定期に発生し、プレイヤーは事前に何が起こるかを知ることはできません。

「購入」コマンドでは、スケートやスキーといったスポーツ、映画や旅行などのレジャーを楽しむことができます。これらの娯楽は、病気や時間経過によって減少したHPやLPを回復させる効果があります。トレーニングジム、自動車、カメラといったアイテムも購入可能です。

評価と反響

発売当時、『ファミコン通信』のクロスレビューでは、4人のレビュアーがそれぞれ8点、8点、8点、6点をつけ、合計30点としてシルバー殿堂入りを果たしました。レビュアーからは、お見合いや交通事故といったイベントが盛り込まれ、株式シミュレーションを人生ゲームのように仕立て上げている点や、株の知識がなくても十分に楽しめる点が評価されました。一方で、時間経過が非常に速くハラハラする半面、昼休みが長く感じられて心臓に悪いという独特の感想も聞かれ、株に興味があるなら「絶対に買い」だと推奨されました。

『ファミリーコンピュータMagazine』の読者投票による「ゲーム通信簿」では、30点満点中20.38点という評価を得ています。同誌のカタログ企画では、「株の世界では有名な松本亨さんがシナリオを書いているので、本格的なシミュレーションになっている」と紹介される一方、「株を知らない人は全然面白くないかも」という、ターゲット層を限定する可能性についても触れられていました。実際に、株価の動きを予測し、リスク管理を行いながら資産を増やしていくゲームシステムは、株式投資の基本的な概念を理解しているプレイヤーにとってはより深く楽しむことができたでしょう。当時のファミコンにおいて、経済シミュレーションというジャンルを確立し、多くのプレイヤーに株式投資の世界の一端に触れる機会を提供した作品と言えます。クリア後の特典として、日刊ゲンダイに掲載された暗号を入力することで松本亨氏からの実際の投資情報が得られたという点も、現実との繋がりを感じさせるユニークな試みでした。

本作は、クラシック音楽をBGMに採用している点も特徴です。タイトル画面ではスコット・ジョプリンの「ジ・エンターテイナー」、プレイ画面ではワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲、エンディングではベートーヴェンの「交響曲第9番」、ゲームオーバー画面ではバッハの「トッカータとフーガニ短調」が使用されています。

総じて、『松本亨の株式必勝学』は、経済評論家の監修のもと、当時のゲーム機向けに簡略化しつつも、本格的な株式投資シミュレーションとしての側面を持ち合わせたユニークな作品でした。ゲームとしての面白さと、現実の投資世界への興味を掻き立てる要素が融合した一作として記憶されています。

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