枢密院 (日本)

枢密院（すうみついん）

枢密院は、大日本帝国憲法の下で天皇の諮問に応じて重要国務を審議した機関です。枢密顧問官によって組織され、その役割から「憲法の番人」とも称されました。略称は「枢府」です。

設立と変遷

枢密院は、1888年（明治21年）に大日本帝国憲法の草案を審議するために設立されました。翌年公布された憲法において、天皇の最高諮問機関として正式に位置づけられます。初代議長には伊藤博文が就任しました。設立当初、枢密院は国政に大きな影響力を持ち、政党政治の時代にあっても、旧来の藩閥や官僚制の権益を守る中心的な存在となりました。

しかし、1931年（昭和6年）の満州事変以降、軍部の政治的台頭が進むにつれて、枢密院の影響力は次第に低下していきました。第二次世界大戦後、日本国憲法が施行されることになり、その前日である1947年（昭和22年）5月2日をもって枢密院は廃止されました。

組織と構成員

枢密院は、議長（1名）、副議長（1名）、そして顧問官によって構成されました。これらはすべて親任官でした。顧問官の定数は時期によって変動しましたが、設立当初の12名以上から増え、最大28名、最終的には24名となりました。顧問官には40歳以上の「元勲練達（くんしんれんたつ）の人」、すなわち国家への貢献が大きい経験豊かな人物が選ばれる慣例でした。枢密院議長は宮中における席次が高く、内閣総理大臣に次ぐ地位にありました。後に設置された重臣会議にも枢密院議長は加わっています。

枢密院の構成員には、顧問官のほかに、各省の大臣も職務上加わり、議席と表決権を持っていました。また、在京の成年以上の親王も議席を有しましたが、実際の会議への出席は少なかったようです。ただし、戦後の一時期には、日本国憲法草案の審議に皇族が出席し発言した記録も残されています。

大臣が会議に参加する仕組みは、内閣と顧問官が対立した場合、内閣側の意見が少数派となり否決されやすいため、内閣にとっては必ずしも有利に働くとは限りませんでした。

枢密院には、これらの構成員を補佐する機関として、書記官長（1名）と書記官（3名）が置かれました。

地位と役割

枢密院の地位は、主に以下の三つに分けられます。

1. 輔弼機関としての地位: 天皇の諮問に応じて、重要な国務に関する事項を審議しました（大日本帝国憲法第56条）。諮問される事項は多岐にわたり、憲法や憲法に付属する法律・勅令の草案や解釈、条約、戒厳令の宣告、教育や行政組織に関する重要な勅令、栄典や恩赦の基準など、国の根幹に関わるものが含まれていました。
ただし、枢密院は自ら施政に関与することや、大臣以外と公務上の交渉を行うことは禁じられていました。

2. 皇室機関としての地位: 旧皇室典範に基づき、皇位継承の順序変更、摂政に関連する事項、皇室財産、皇室典範の改正、皇族の身分に関すること（臣籍降下、失踪宣告）、元号の制定など、皇室に関する重要事項についても天皇の諮問に応じました。

3. 権限裁判所としての地位: 行政裁判所と他の裁判所との間で権限に関する争いが生じた場合に、その裁定を行う権限を有していました。この地位においては、中央行政官庁としての性質を持つとされました。しかし、裁定の手続きを定める勅令が制定されなかったため、実際にこの権限が行使されることはありませんでした。

会議の運営と記録

枢密院の会議は、原則として天皇の親臨を得て開かれました。会議を開くためには、大臣を除いた顧問官が10名以上出席する必要がありました。議事は多数決で決せられ、可否同数の場合は会議の首席（議長、副議長、または席次順の顧問官）が最終決定権を持ちました。

会議に付される重要事項については、事前に書記官長や担当顧問官が審査報告書を作成し、会議の数日前には構成員に配布されました。議決された意見は、議長から天皇に上奏されるとともに、内閣総理大臣にも通報されました。会議の議事筆記は正確性が確認され、署名されて記録されました。

枢密院の会議関連文書は、創設から廃止までのほぼすべてが国立公文書館で公開されており、歴史研究において重要な資料となっています。

内閣との関係と政治的影響

枢密院は、内閣と並ぶ天皇の輔弼機関であり、その強い権限から内閣と対立することも少なくありませんでした。1927年（昭和2年）には、台湾銀行救済のための緊急勅令案を否決し、若槻礼次郎内閣を総辞職に追い込んだ唯一の事例があります。これは枢密院が内閣を倒した異例のケースとして知られます。

一方、1930年（昭和5年）のロンドン海軍軍縮条約批准問題では、枢密院内の反対論が強い中、濱口雄幸内閣が憲法学者や世論の支持を背景に断固たる姿勢を貫き、条約批准を達成しました。この例は、内閣が枢密院の反対を押し切ることも可能であったことを示しています。

明治から大正にかけては、山縣有朋などの元老が枢密院を拠点として、政党勢力に対抗する動きを見せるなど、枢密院が政治力学の中で重要な役割を果たした時期もありました。

庁舎

枢密院の会議場所は、当初は赤坂仮御所や明治宮殿内でしたが、1921年（大正10年）には宮城内（現在の皇居内）に専用の庁舎が新築されました。この建物は戦後、最高裁判所や皇宮警察本部として使用され、改修を経て現在も皇宮警察本部庁舎として活用されています。

枢密院は、約60年間にわたり、大日本帝国憲法体制下において国家の重要事項の審議に携わり、政治の舞台裏で一定の影響力を行使した歴史的な機関でした。

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