輔弼

輔弼（ほひつ）とは

輔弼とは、天皇の行為について、なすべきこと、あるいは、なすべきでないことについて進言することを意味します。特に大日本帝国憲法下においては、天皇が持つ大権の行使に誤りがないよう、意見を進言する重要な役割を担っていました。

官職としての輔弼

1868年、三職八局が設置された際、総裁局に副総裁に次ぐ官職として輔弼が設けられました。定員は2名で、議定職として宮家や公卿が任命されました。輔弼は、天皇の命令である宸翰の副書に総裁とともに連署する役割を担いました。

前史

大日本帝国憲法以前にも、輔弼の概念は存在していました。1871年の太政官制度改革では、正院において太政大臣と納言（左右大臣）が天皇を輔弼する役割を担い、参議は両者を補佐する立場とされました。1873年の改革後も、太政大臣と左右大臣のみが天皇の輔弼を担うという枠組みは変わりませんでした。征韓論を巡る問題では、右大臣であった岩倉具視が西郷隆盛ら参議にはない輔弼権限を行使し、政治的な影響力を長く保持しました。また、元田永孚や佐々木高行ら宮中グループも大臣の輔弼権限を背景に台頭しました。

一方、伊藤博文は、参議と内閣の地位向上を目指し、参議省卿分離論を提唱しました。1880年には内閣の地位向上を意識した規定を盛り込むことに成功しますが、外債問題では、岩倉と宮中グループが輔弼権限を利用して明治天皇を操り、政争に勝利しました。その後、財政再建問題では、岩倉が主張する米納論が不評を買い、伊藤は三条実美の協力を得て岩倉に一矢報いましたが、そのためには輔弼権限を持つ三条の力が必要でした。

明治十四年の政変後、伊藤は井上毅らと協力し、輔弼をめぐる参議と大臣の格差を解消する改革に着手しました。岩倉の死後、伊藤は右大臣の地位を拒否し、内閣制度の導入を主張。1885年には内閣職権が導入され、一般国務における輔弼権限は内閣が独占することになりました。ただし、軍機事項においては、軍部の輔弼が認められました。また、宮中における輔弼については、内大臣と宮中顧問官が担当することになりました。宮内大臣には、引き続き伊藤が就任しました。

伊藤と井上は、大日本帝国憲法の起草に大きな役割を果たしましたが、内閣と天皇をめぐる両者の思想は異なっており、憲法には両者の妥協ともいえる規定の欠如が見られました。内閣の独自性を肯定する伊藤と天皇権力の内閣による制約を危惧する井上との妥協の結果、各国務大臣の単独輔弼規定が設けられるに留まりました。1889年には内閣官制が設けられましたが、内閣総理大臣の地位は低下した一方で、内閣の一体性を保つ配慮がなされました。一方で軍の帷幄上奏権は引き続き維持されました。

また、枢密院も伊藤と井上の妥協の産物です。1888年に枢密院が設置され、内閣とともに天皇の輔弼機関とされました。後に伊藤が枢密院議長を辞職すると、元老制度が導入され、伊藤は最初の元老となりました。輔弼権限の分散化は、伊藤の政治的な足跡と軌を一にしていると言えます。

大日本帝国憲法下の輔弼制度

大日本帝国憲法下において、天皇大権は国法上天皇に属するとされました。大権の性質に応じて異なる機関が輔弼を担い、国務に関する権能（国務上の大権）は、国務大臣が輔弼しました。皇室法上の大権（皇室大権）は、宮内大臣が輔弼し、内大臣が常侍輔弼の任に当たりました。また、統帥権は国務大臣の輔弼の管轄外とされ、陸軍は参謀総長、海軍は軍令部総長が輔弼しました。軍令機関は直接上奏し、国務に関連するものは陸海軍大臣が内閣総理大臣に報告することとされました。後に、統帥権に基づく輔弼行為として帷幄上奏が一般行政にまで行われるようになり、軍部の暴走を招いたという指摘もあります。

帝国憲法下の輔弼責任については、天皇機関説が通説とされていました。この説によれば、天皇は大権の行使に当たり、国務大臣の輔弼を受けることは憲法上拒否できないとされました。天皇は「神聖不可侵」とされ、国務上の決定による影響が天皇に及ぶのを避けるため、輔弼者は決定による責任を全て負いました。そのため、天皇と輔弼者の意見は最終的に一致することが求められました。

輔弼者による上奏に天皇が異を唱える場合、輔弼者は辞任することになりました。また、天皇が勅旨を発しようとする際に輔弼者が副署を拒否する場合も、辞任せざるを得ませんでした。勅旨は輔弼者の副署がなければ発効しないため、天皇の意志は輔弼者が現れるまで実現する余地はありませんでした。

日本国憲法下

日本国憲法下では、天皇の国事行為は全て内閣の「助言と承認」の下で行われることになっています。旧憲法下の国務大臣の「輔弼」との関連性については、憲法学者の間でも様々な見解があります。

まとめ

輔弼は、天皇の行為を補佐し、その責任を明確にするための重要な制度でした。大日本帝国憲法下においては、内閣、宮内省、軍部など、複数の機関がそれぞれの役割を担っていました。しかし、その制度は、時に政治的対立や軍部の暴走を招く要因ともなりました。日本国憲法下では、輔弼の概念は形を変え、内閣が天皇の国事行為を補佐する形に移行しました。

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