柳瀬良幹

柳瀬 良幹（やなせ よしもと）

柳瀬良幹は、1905年（明治38年）11月17日に和歌山県で生まれ、1985年（昭和60年）2月18日に79歳でこの世を去った、日本の行政法学者です。東京帝国大学（現在の東京大学）で憲法学者の美濃部達吉に師事しました。その学識は広く、行政法学にとどまらず憲法の諸問題にも深く切り込み、1952年には法学博士の学位を取得、後年には日本学士院会員にも選ばれるなど、日本の法学界において重要な足跡を残しました。

彼の学歴は、1923年3月に和歌山県立和歌山中学校を卒業後、1926年3月に大阪高等学校文科甲類を経て、1929年3月に東京帝国大学法学部政治学科を卒業するという輝かしいものでした。卒業後、1930年4月には東京帝国大学法学部の助手となり研究者の道を歩み始めますが、大学院は1930年3月に退学しています。

研究者としてのキャリアは、東北帝国大学（現在の東北大学）で本格的に開花しました。1933年4月には同大学法文学部の助教授に就任し、1941年5月には法文学部教授（行政法学講座担任）へと昇任しました。戦後、大学制度が改組される中で、1953年4月からは東北大学法学部教授（大学院法学研究科担当）として、引き続き行政法学の中心を担いました。東北大学では教育・研究の傍ら、学生部長（1955年5月〜）や法学部長・大学院法学研究科長（1961年4月〜1964年）といった要職も歴任し、大学運営にも貢献しました。1969年3月に東北大学を退官し、東北大学名誉教授の称号を得た後も、研究・教育への情熱は衰えることなく、1969年4月からは上智大学法学部教授、1976年4月からは中京大学法学部教授（大学院法学研究科教授併任）として教鞭を執り続けました。中京大学を1981年3月に定年退職するまで、最前線で後進の指導にあたりました。

柳瀬行政法学の最大の特徴は、徹底した法実証主義と論理主義にあります。彼は、法を実定法規範として厳密に捉え、その内部における論理的な整合性を追求する姿勢を貫きました。この理詰めの思考方法は、オーストリアの法学者であるハンス・ケルゼンの純粋法学にも通ずるものがあると評されます。その精緻な論理構成から生み出される学説は、当時の通説とは異なる「異説」として扱われることもありましたが、その後の行政法学の発展に少なからぬ影響を与えました。特に、美濃部・田中説を批判的に検討した新しい世代の学説（高柳信一、杉村敏正、室井力、兼子仁ら）との間には、意識的なものか無意識的なものかにかかわらず、類似点が見られると指摘されています。

彼はまた、学外においても日本の法制度の発展に貢献しました。1942年3月には高等試験臨時委員、1949年8月には司法試験考査委員を務め、法曹界を担う人材の育成・評価に携わりました。さらに、1955年5月には法制審議会の行政訴訟部会委員として、行政訴訟制度の改革に関与するなど、実定法の形成にも影響力を行使しました。

多くの重要な著作を残しており、『行政法の基礎理論』（1940-41年）、『行政法における公法と私法』（1943年）、『行政行為の瑕疵』（1943年）、『行政法教科書』（1958年）、『公用負担法』（1960年）、『元首と機関』（1969年）など、その研究成果は行政法学の様々な分野に及びます。これらの著作は、その後の行政法学の研究に不可欠な文献となっています。

彼の周囲には、師である美濃部達吉はもちろん、美濃部研究室時代からのライバルと目された田中二郎がいました。また、東北大学で憲法学講座を担った清宮四郎や小嶋和司、さらには事実上の弟子とされる菅野喜八郎、尾吹善人、そして行政法学講座の後継者である藤田宙靖など、多くの研究者との交流があり、彼らの研究にも影響を与えました。

柳瀬良幹は、その厳格な法実証主義と論理的な思考をもって、日本の行政法学及び憲法学の研究に深く貢献した学者であり、その学説は今日でも参照されるべき重要な価値を有しています。

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