根本正

根本 正（ねもと しょう）は、嘉永4年（1851年）10月1日に常陸国（現在の茨城県）に生まれ、昭和8年（1933年）1月5日に81歳で生涯を閉じた人物です。幕末期に水戸藩士として歩み始め、明治・大正時代には衆議院議員として国民生活の向上と社会の発展に大きな足跡を残しました。特に、若者の保護育成を目的とした未成年者喫煙禁止法や未成年者飲酒禁止法の制定に中心的な役割を果たしたことで知られます。また、教育機会の均等を目指した国民教育授業料全廃の提唱や、郷里である茨城県の振興に不可欠だった水郡線鉄道の建設促進など、多岐にわたる分野でその影響力を発揮しました。

根本正の人生は、動乱の時代の中で様々な経験を積むことから始まりました。茨城県那珂市の村役人の家に生まれた彼は、幼い頃から祖父に手習いを学び、後に神職の塾で漢籍を修めました。水戸学の中心人物であった豊田天功に師事し、その思想から多大な影響を受けましたが、幕末の藩内抗争に巻き込まれ、師や親族を失い、職を離れざるを得ない苦難も経験しました。失意のうちに上京した根本は、藤田東湖の遺族を頼り、当時の著名な啓蒙思想家である箕作秋坪や中村敬宇（同人社）のもとで学びを深めます。一時、警視庁で勤務するなど、社会の多様な側面に触れることになります。

その後、神戸で駅逓寮の仕事に就き、ここでも慶應義塾の分校で学ぶ機会を得ました。さらに、横浜のヘボン塾で語学などを学び、明治12年（1879年）にはアメリカ合衆国へ渡ります。バーモント大学で学び、明治22年（1889年）に卒業。海外での自由な空気と学問に触れた経験は、彼の視野を大きく広げました。帰国後、彼は積極的に社会活動に参加します。特に、禁酒運動に共鳴し、東京禁酒会を立ち上げて副会長を務めるなど、個人の倫理的な向上と社会の健全化に力を注ぎました。また、榎本武揚が創設した殖民協会では幹事として、海外への移民事業に関わりました。明治27年（1894年）から翌年にかけては、外務省や農商務省の命を受け、メキシコ、ブラジル、中央アメリカ、インドなどを視察し、その報告書は当時の貴重な資料となっています。

政治家としての根本正は、明治31年（1898年）の第5回衆議院議員総選挙で初当選を果たします。これは3度目の挑戦でした。以後、所属政党を自由党、憲政党、立憲政友会などと変えながらも、連続して10回当選を重ね、大正9年（1920年）まで四半世紀にわたり衆議院議員を務めました。議会では、留学経験や社会活動を通じて培った知見を活かし、幅広い政策課題に取り組みました。特に力を入れたのが教育分野で、中南米への移民促進、国語調査会や商科大学（現在の一橋大学）、ローマ字調査審議会の設置提言、そして前述の国民教育授業料の全廃建議など、教育の普及と質の向上を目指しました。また、地元茨城県の発展にも尽力し、特に久慈郡を走る水郡線の建設運動では中心的な役割を果たしました。福島県側の運動家と連携し、請願活動を粘り強く展開した結果、大正元年（1912年）に帝国議会で建設建議が可決されるに至りました。この功績を称え、地元大子町には根本の胸像が建立されています（戦時中に供出された後、戦後に再建）。

議員生活を通じて、根本正は社会の風紀や倫理の向上にも深い関心を寄せました。禁酒運動の経験から、未成年者の健全育成が国家の基盤であると考え、未成年者喫煙禁止法（明治33年制定）および未成年者飲酒禁止法（大正11年制定）の成立に向けて主導的な役割を果たしました。これらの法律は、彼の長年の主張と努力の結晶と言えます。

大正13年（1924年）の選挙で落選した根本正は政界を引退しました。しかし、彼が推進した未成年者保護の法制化、教育への貢献、地元インフラ整備といった業績は、その後の日本社会に多大な影響を与えました。多感な青年期に藩の激動を体験し、広く海外に学び、実践的な社会活動や政治活動に身を投じた根本正は、日本の近代化において、国民の権利と健全な発展のために尽力した稀有な政治家の一人として記憶されています。その著作も、当時の社会状況や彼の思想を知る上で重要な資料となっています。墓所は東京都の青山霊園にあります。

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