椿海

椿海（つばきのうみ）

椿海は、現在の千葉県東庄町、旭市、匝瑳市にまたがる地域に、江戸時代初期まで存在したとされる湖です。古くは「太田ノ胡水」とも呼ばれ、東西約12km、南北約6km、面積は約51平方キロメートルと推定されています。

概要

『香取志』には、巨大な椿の木が枯れた跡に水が溜まって湖になったという伝説が記されています。しかし実際には、玉の浦の入江が沿岸流で運ばれた砂によって閉鎖され、潟湖になったと考えられています。この地域は、縄文時代の丸木舟の出土例が多く、古墳時代には御前鬼塚古墳などが築造されるなど、古くから人々の生活の場でした。

万葉集には、この地が海上交通の要所であったことを示す歌が残されています。これらのことから、古代には犬吠埼沖を避けた航路の要衝として、この付近が利用されていたと考えられています。

江戸時代の開発

開発の時代背景

江戸時代初期、徳川家康が江戸に入府すると、江戸の町は急速に発展しました。人口増加に伴い、食料や物資の需要が増大し、東北地方からの物資輸送を担う利根川東遷事業が進められました。このような時代背景の中、椿海の干拓計画が持ち上がりました。

椿海の干拓

元和年間（1615年～1624年）、江戸の町人・杉山三郎衛門が幕府に干拓を申請しましたが、許可されませんでした。その後、寛文年間（1661年～1673年）に白井治郎右衛門が干拓を願い出ましたが、地元の反対によりこれも失敗に終わります。

白井は、幕府大工頭の辻内刑部左衛門に協力を求め、大老酒井忠清の内諾を得て、再度干拓を申請します。寛文9年（1669年）に幕府による見分が行われ、排水路を設ける計画が立案されましたが、工事が難航し資金繰りに行き詰まり、開発は中断されます。

その後、辻内は黄檗宗の僧侶鉄牛道機の協力を得て、材木商の野田市郎左衛門と栗本屋源左衛門からの資金援助を受け、寛文10年（1670年）に開発を再開します。排水路の位置は、伊勢神宮のお告げにより決定されたという伝承が残っています。

工事は強行され、寛文10年（1670年）に新川の開削に成功し、排水が進みました。寛文11年（1671年）には新田開発が可能となりました。この3年間で、延べ8万人の人員が工事に動員されたと言われています。しかし、排水路が完成すると、周辺地域に水害をもたらし、用水不足も発生しました。そのため、溜池や惣堀の整備も行われました。

延宝2年（1674年）には、干拓地の売却が開始されましたが、貞享3年（1686年）には、工事責任者の不正が発覚し、土地が没収されます。その後、新田割元名主が任命され、元禄5年（1692年）には市場町が開設されました。

元禄8年（1695年）には幕府の検地が実施され、水田約2,741町、荒地約647町、合わせて約3,388町が干拓されました。これにより、石高2万419石を得て、「干潟八万石」と呼ばれる18の村が成立しました。干拓に尽力した鉄牛は、晩年、椿海を見下ろす福聚寺に隠居し、生涯を終えました。

文化年間（1804年～1818年）には、干拓地の生産力が向上し、石高は八万石に達し、増加する江戸の人口を支えました。

水害と用水事業

干拓地は低地で水害が発生しやすく、水源にも乏しかったため、干拓地とその周辺地域では水利用を巡る争いが絶えませんでした。幕府は新川沿線の村落を幕府領とし、下流に堰を設けることを禁じました。また、利水のため溜池の整備を進めました。

その後、利根川東遷事業の影響で、利根川沿いでも水害が発生するようになります。昭和初期には、排水と利水を両立させる大利根用水が計画され、昭和26年（1951年）に竣工しました。しかし、昭和30年（1955年）には塩害が発生し、被害が拡大したため、昭和46年（1971年）に利根川河口堰が竣工しました。

椿海は、その後の干拓事業によって姿を消しましたが、その歴史は、人々の生活、開発、そして自然災害との戦いの歴史を物語っています。

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