武蔵野夫人

武蔵野夫人

『武蔵野夫人』は、大岡昇平が1950年に発表した恋愛小説であり、戦後文学を代表するベストセラー作品の一つです。舞台は東京西部の武蔵野で、没落していく中産階級の姿を背景に、複雑な人間関係と愛憎を描いています。ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』を手本としたロマネスク小説としても知られています。

あらすじ

物語は、富士山を望む武蔵野の「はけ」にある亡父の家に、夫の秋山忠雄と暮らす秋山道子を中心に展開します。道子のいとこである大学生の宮地勉が下宿することから、二人は強く惹かれあうようになります。一方、道子の夫である秋山は、近所に住む大野英治の妻、富子と不倫関係にあります。

秋山と富子は、大野の出張中に河口湖の旅館で密会を重ねますが、同じ頃、道子と勉は村山貯水池への散歩中にキャスリーン台風に遭遇し、ホテルで一夜を過ごすことになります。しかし、二人は肉体関係には至りません。勉は道子への思いを断ち切るため、武蔵野を離れて五反田のアパートへ引っ越しますが、道子への想いは募るばかりです。

大野が事業に失敗し、金策に苦しむ中、秋山夫妻を頼ります。これにより、二組の夫婦関係はさらにこじれていきます。秋山は、金銭問題と双方の不貞を理由に道子に離婚を迫りますが、道子はそれをはぐらかします。秋山は家の権利書を持ち出し富子と家出しますが、売却に失敗し、富子は勉のアパートへ身を寄せます。結局、秋山は家に戻り、睡眠薬を飲んで倒れている道子を発見します。道子はうわごとで勉の名を呼びながら息を引き取り、秋山は「すまなかった」と謝罪します。

登場人物

秋山道子: 29歳。信三郎の娘で、18歳で秋山と結婚。家庭教師としてやってきた勉に初めて恋愛感情を抱き、夫が家を出た後、遺産の一部を大野と勉に譲る遺言書を作成し、睡眠薬で自殺します。
秋山忠雄: 41歳。道子の夫で、私立大学のフランス語教師。スタンダールを専門としています。30歳で道子と結婚し、一夫一婦制を不合理だと考えています。
大野富子: 30歳。英治の妻。「コケットリー」な魅力で、秋山や勉を誘惑します。
大野英治: 40歳。富子の夫で、道子の母の妹の息子。石鹸工場を経営する戦争成金で、妻の不貞を黙認しています。
宮地勉: 24歳。大学生。信三郎の弟の息子で、ビルマへ出征後復員。父の遺産で気ままな生活を送る中、富子の頼みで雪子の家庭教師となり、秋山家に下宿し、道子と親密になります。
宮地信三郎: 元鉄道省事務官。道子の父で、「はけ」の家で暮らしていました。1946年に心臓麻痺で死去しています。末弟の東吾は参謀大佐まで出世しましたが、終戦の翌日に拳銃自殺を遂げています。
大野雪子: 9歳。大野夫妻の娘です。

映画

1951年には溝口健二監督によって映画化されました。近年再評価の動きがあり、DVDも発売されています。

スタッフ

監督: 溝口健二
製作: 児井英生
脚本: 依田義賢
脚色: 福田恆存
音楽: 早坂文雄
撮影: 玉井正夫

キャスト

秋山道子: 田中絹代
大野富子: 轟夕起子
秋山忠雄: 森雅之
大野英治: 山村聡
宮地勉: 片山明彦
宮地信三郎: 進藤英太郎
大野雪子: 中村美那子
宮地民子: 平井岐代子
成田はなえ: 塩沢登代路（塩沢とき）
笹本孝子: 大谷伶子
大野家の女中: 千石規子

テレビドラマ

1960年と1965年にテレビドラマ化されています。

1960年版

放送局: フジテレビ
放送日: 1960年6月12日
出演: 淡島千景、根上淳、永井智雄、角梨枝子、片山明彦
脚本: 田井洋子
演出: 岡田太郎
音楽: 宮内國郎

1965年版

放送局: 日本テレビ
放送期間: 1965年11月4日 - 1966年1月20日
出演: 司葉子、池部良、高千穂ひづる、平田昭彦、三上真一郎、佐羽由子
脚本: 生田直親
* 演出: 松本準平



『武蔵野夫人』は、小説、映画、テレビドラマと様々な形で展開され、多くの人々に愛され続けている作品です。複雑な人間関係と、激しい愛憎劇は、今もなお多くの読者や視聴者の心を捉えて離しません。

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