歴博本源氏物語

歴博本源氏物語：多様な写本が語る物語の世界

国立歴史民俗博物館（歴博）は、複数の源氏物語写本を所蔵しており、それらを総称して「歴博本源氏物語」と呼びます。しかし、「歴博本」の範囲は、解釈によって異なり、大きく分けて三つの定義が存在します。

1. 最広義の定義: 歴博が所蔵する全ての源氏物語写本。これには、現存する断片のみが残る中山本も含まれます。中山本は、かつて中山家の蔵書であった写本で、「若紫」、「絵合」、「行幸」、「柏木」、「鈴虫」、「総角」の一部が現在も残されています。

2. 広義の定義: 中山本を除いた、高松宮家旧蔵の写本群。この定義では、主に以下の二つの写本が挙げられます。

2.1 帚木帖: 高松宮家より歴博に移管された、帚木一帖のみの写本です。本文は青表紙本系統に属しますが、大島本などの典型的な青表紙本とは異なる独自の異文を多く含んでいます。青表紙本の系統を理解する上で、重要な比較対象となる写本です。

2.2 手習帖: 高松宮家旧蔵で、歴博が所蔵する手習一帖のみの写本です。かつては「浮舟帖」と誤って伝えられていましたが、実際は手習帖です。本文は保坂本に近い別本系統に属しますが、単純な誤写だけでなく、どの写本とも一致しない独自の異文も多く含まれています。特に注目すべきは、梗概書の本文と一致する部分の存在です。これは、源氏物語が聖典化する前の、自由な写本形態の名残を示唆していると考えられています。田坂憲二氏はこの点を指摘し、写本成立期の自由な写本文化を反映しているのではないかと論じています。

3. 最狭義の定義: 上記のうち、手習帖のみを指します。

このように、歴博本源氏物語は、写本の断片から比較的まとまった一帖まで、様々な形態で現存しています。それぞれの写本は独自の本文的特徴を持ち、源氏物語成立史や伝播過程を解き明かす上で、重要な資料となっています。

これらの写本は、研究者にとって貴重な史料であり、その価値は計り知れません。歴博は、これらの貴重な写本を保存し、公開することで、学術研究の発展に貢献しています。

影印本の出版情報

歴博が所蔵する源氏物語写本は、以下の影印本として刊行されています。これにより、研究者だけでなく、一般の人々も、これらの貴重な写本を閲覧できるようになっています。

国立歴史民俗博物館館蔵史料編集会編『貴重典籍叢書 国立歴史民俗博物館蔵 文学篇第17巻 物語 2』臨川書店、2000年3月。 ISBN 4-653-03581-4
国立歴史民俗博物館館蔵史料編集会編『貴重典籍叢書 国立歴史民俗博物館蔵 文学篇第18巻 物語 3』臨川書店、2002年6月。 ISBN 4-653-03582-2
* 『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』伊藤鉃也・阿部江美子・淺川槙子編 新典社、2015年10月。 ISBN 978-4-7879-0637-3

歴博本源氏物語は、単なる写本群ではなく、源氏物語の多様な様相、そしてその歴史的背景を理解するための、非常に重要な資料群なのです。今後もこれらの研究が継続されることで、源氏物語研究はさらに発展していくでしょう。

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