死の勝利 (美術)

死の勝利

「死の勝利」（しのしょうり、伊語：Il trionfo della morte、英語：The Triumph of Death）は、キリスト教の美術において非常に重要な教訓的テーマです。このテーマは、すべての生きとし生けるものが擬人化された「死」に支配される様子を描いており、逃れられない死について警告を発しています。その表現は特にイタリアのフレスコ画で頻繁に見られ、豊かな文化的背景を持つものです。

歴史的背景

このテーマが発展した背景には、14世紀中頃にヨーロッパ全体に広がったペストが影響しています。1347年頃、アジアからの交易船を介し、シチリア島に到達したペスト（黒死病）は、短期間でイタリアを含むヨーロッパ全土に広がり、甚大な被害をもたらしました。当時のフィレンツェやシエーナといった文化の中心地では、人口の約半数が失われたと言われています。

このような厳しい社会情勢の中で、人々は「メメント・モリ」（死を忘れよ）という警句を口にするようになりました。人文主義者であるペトラルカの叙事詩『凱旋』にも「死の凱旋」というテーマが登場します。この時期には、地中海貿易の発展や都市国家の成長に伴い有力市民が優位に立っていましたが、ペストの影響でその力は後退し、代わって教会が文化や芸術の保護者として再び台頭しました。これにより、重苦しい宗教観や危機感が反映された「黒死病後の絵画」がフィレンツェやシエーナで主流となりました。

このような背景の中で、聖堂のフレスコ画において「死の勝利」というテーマが確立されました。この作品では、骸骨や擬人化された「死」が、全ての階級の人々を打ち倒す様子が描かれています。このテーマは、同じくペストの流行と結びついている「死の舞踏」という別の美術テーマとも関連していますが、「死の勝利」はさらに恐怖や凄絶さを強調したものとされています。

作例

イタリアにおける「死の勝利」の古典的な例としては、アンドレア・オルカーニャによるフィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂の壁画（1350年頃）が挙げられます。この作品は時とともに剥落し、現在は断片的にしか残されていませんが、聖堂の付属美術館に収蔵されています。他にも、ブオナミーコ・ブファルマッコとされるピサのドゥオモ広場にあるカンポサントの壁画や、パレルモのスクラファーニ宮殿、クルゾーネのディシプリーニ礼拝堂など、様々な作例が見られます。

さらに時代が下り、初期フランドル派の画家であるピーテル・ブリューゲルは、1562年頃に「死の勝利」を描いた油彩画を制作しました。彼の1560年代のイタリア旅行中に、これらの「死の勝利」の作例から影響を受けたのではないかと考えられています。

参考文献

• - 千足伸行（監修）『新西洋美術史』西村書店、1999年。
• - 早坂優子『鑑賞のためのキリスト教美術事典』視覚デザイン研究所、2011年。
• - 森洋子『ブリューゲルの世界』新潮社、2017年。
• - 後藤茂樹（編）『リッツォーリ版世界美術全集8 ブリューゲル』集英社、1974年。
• - 阿部謹也、森洋子『カンヴァス世界の大画家11 ブリューゲル』中央公論社、1984年。
• - 小池寿子、廣川暁生（監修）『ブリューゲルへの招待』朝日新聞出版、2017年。
• - エンツォ・オルランディ（編）、岡部紘三（訳）『カラー版世界の巨匠 ブリューゲル』評論社、1980年。
• - キース・ロバーツ（著）、幸福輝（訳）『アート・ライブラリー ブリューゲル』西村書店、1999年。

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