毛顎動物

毛顎動物（ヤムシ）

毛顎動物（学名：Chaetognatha）は、海に暮らす動物門の一つで、大部分は他の生物を捕食するプランクトンとして生活していますが、海底で暮らす種類も一部知られています。その体は多くの種で透明あるいは半透明をしており、細長い形をしています。頭部に矢じりのような不透明な構造を持つ種もあり、全体が矢のように見えることから、「ヤムシ（矢虫）」という和名でも親しまれています。現在確認されている毛顎動物は約120種に上り、これらは20以上の属に分けられています。種の多様性という点では他の動物門ほど大きくありませんが、世界中の海に広く分布しており、その個体数は非常に膨大であることで知られています。

体の特徴

現生の毛顎動物の体長は通常3センチメートルから12センチメートルほどです。体の表面はクチクラという硬い層で覆われています。体は首にあたる部分と尾にあたる部分の横隔膜によって、頭部、胴部、尾部という三つの主要な部分に区別されます。移動のために鰭（ひれ）を持ち、通常、体の側面に一対または二対の側鰭、そして体の後端に一つの尾鰭があります。尾鰭は主に前へ進むための推進力を生み出し、側鰭は水中での停止や体の方向転換に使われます。これらの鰭は皮膚が張り出した構造で、鰭条によって支えられていますが、体の水平な位置に生じる点は脊椎動物の鰭とは異なります。

頭部の左右には、キチン質でできた鋭いかぎ状の棘が並んでおり、これは他の小動物を捕らえるための重要な器官です。口には小さな歯が1列あるいは2列に並んでおり、これで獲物に噛みつき、丸呑みにします。驚くべきことに、一部の種では、共生している細菌が作り出す神経毒であるテトロドトキシンを、獲物に注入することがわかっています。

毛顎動物は目と神経系を持っていますが、他の多くの動物で見られる呼吸器や循環器、排出器はありません。体内の老廃物は、主に体の表面の皮膚を通して排出されます。神経系については、頭部背面の脳と、食道の左右および後方腹面、そして胴部腹面にある神経節から構成される中枢神経系を持っています。生殖に関しては、雄の機能と雌の機能の両方を一つの個体が持つ雌雄同体です。繁殖時には、卵を海水中に放出する種もあれば、卵を体内で保護する種もいます。また、暗い海中で光る、いわゆる発光能力を持つ種類も存在します。

分類と進化の歴史

毛顎動物は、体の口がどのように形成されるかという胚発生の特徴から、かつては私たち人間を含む後口動物のグループに入れられていました。しかし、近年の様々な体の特徴の詳細な分析や、DNAを用いた分子系統学の研究からは、むしろ前口動物に分類するのが妥当であるという見方が有力になっています。発生の過程では線形動物との類似点も見られますが、分子データや化石の研究結果は、毛顎動物が顎口動物、微顎動物、輪形動物といった担顎動物とより近縁であることを示しています。これにより、毛顎動物を担顎動物の中に含める、あるいは毛顎動物と従来の担顎動物をまとめて「Chaetognathifera」という新たなグループとする提案もなされています。

化石の記録

毛顎動物の化石は比較的稀にしか見つかっていませんが、その起源は今から約5億年以上前のカンブリア紀にまで遡ると考えられています。古生代後期以降の地層からは、口器の一部である歯の化石が見つかることがあります。完全な体の形を保った化石としては、中国の澄江動物群やグリーンランドのシリウス・パセット動物群（いずれも約5億1800万年前のカンブリア紀第三期）から報告されたものが最も古い記録とされています。

かつてはコノドント（後に脊椎動物の絶滅群と判明）の初期の姿だと考えられていた微小な硬骨格化石、プロトコノドントは、その後の研究で実際にはコノドントではなく毛顎動物の化石であると見直されました。この見解に従えば、毛顎動物の化石記録はさらに古くなり、約5億3800万年から約5億3500万年前のフォーチュニアン期にまで遡る可能性があります。同じカンブリア紀に生息していたアミスクウィアやティモレベスティアといった生物は、現生の毛顎動物と担顎動物（特に顎口動物）の中間的な特徴を持つことから、毛顎動物の系統の初期段階に位置するグループ（ステムグループ）であったと考えられています。特にティモレベスティアは、現生の毛顎動物をはるかに超える体長20センチメートルにもなる大型の生物であり、当時の毛顎動物には、現在のような浮遊性の二次消費者だけでなく、活発に泳ぎ回る頂点捕食者のような生態的地位を占めていた種類も存在したことを示唆しています。

主な下位分類

毛顎動物門には、現在生息しているヤムシを含むサギットイデア綱（Sagittoidea）のほか、化石として知られるムカシヤムシ綱（†Archisagittoidea）や、見直しによって毛顎動物とされたプロトコノドント（†Protoconodonta）が含まれます。サギットイデア綱はさらに、両膜筋目（Biphragmophora）、単膜筋目（Monophragmophora）、無膜筋目（Aphragmophora）などに分けられています。

もう一度検索