水飲み鳥

水飲み鳥（みずのみどり）

水飲み鳥は、熱力学の原理に基づいて動作する一種の熱機関であり、鳥が水を飲む様子を模倣したユニークな玩具として知られています。「平和鳥」や「ハッピーバード」など、様々な商品名で呼ばれることがあります。

構造と素材

この玩具の基本構造は、上部のガラス球（鳥の頭部）と下部のガラス球（胴部）を細いガラス管（首）で繋いだシンプルな形をしています。管は下側の球体の底近くまで伸びていますが、上側の球体の上端には達していません。

内部空間には、空気は抜かれ、低沸点の液体であるジクロロメタン（塩化メチレン）が封入されています。液体のジクロロメタンとその蒸気が内部を満たしています。

頭部にあたる上部の球体は、吸水性の高いフェルトなどの素材で覆われ、鳥の嘴を模した部品が取り付けられています。装置全体は、首の部分にある回転軸で支持されており、多くの製品ではこの軸の位置を調整できる仕組みになっています。

見た目を飾るため、目玉や小さなシルクハット、尾羽などが付けられ、内部のジクロロメタンには色が付けられているのが一般的です。

取り扱い上の注意

水飲み鳥は玩具として分類されますが、取り扱いには注意が必要です。初期の製品では、可燃性の高いエーテルなどの液体が使用されていました。現在の製品では、難燃性のジクロロメタンが使われていますが、これも無害ではありません。ジクロロメタンは皮膚や肺に対して刺激性があり、長期間にわたる接触や吸引は肝臓に影響を与える可能性や、発癌性の懸念も指摘されています。破損すると内容物が漏れ出す危険があるため、特に小さなお子さんやペットの近くに置く場合は、破損させないよう十分注意が必要です。

科学的な原理

水飲み鳥の動作は、複数の基本的な物理法則や化学的な現象の興味深い応用例です。そのため、学校での物理や化学の教育材料として利用されることもあります。

動作に関わる主な原理には、以下のようなものがあります。

ボイル＝シャルルの法則：一定体積の気体において、温度と圧力が比例するという法則。
理想気体の状態方程式：気体の圧力、体積、温度、物質量の関係を示す法則。一定体積であれば、物質量と圧力が比例します。
マクスウェル分布：ある温度下では、分子のエネルギーに分布があり、同じ温度でも液体、気体などの異なる相が同時に存在しうるという考え方。
蒸発熱：液体が気体になる（蒸発する）際に周囲から吸収する熱量。
トルクと重心：物体を回転させる力（トルク）と、重力が作用する点（重心）の概念。
毛細管現象：細い管の中を液体が自然に上昇する現象。頭部のフェルトが水を吸い上げる際に働きます。

これらの原理が組み合わさることで、水飲み鳥の連続的な動きが生まれます。

動作の仕組み

水飲み鳥は、頭部と胴部の間のわずかな温度差を利用して運動エネルギーを生み出す熱機関として機能します。この温度差は、頭部が水に濡れることで発生します。頭部が湿った状態が保たれる限り、以下のようなサイクルを繰り返して動き続けます。

1. 蒸発による冷却：頭部を覆うフェルトに吸い上げられた水が蒸発します。マクスウェル分布により、液体表面では常に一部の分子が気化しています。
2. 蒸発熱の吸収：水が蒸発する際、頭部から蒸発熱を奪います。これにより、頭部とその内部のジクロロメタンの温度が低下します。
3. 気圧の低下：頭部内の温度が下がると、内部のジクロロメタン蒸気が凝縮（液化）し、蒸気の物質量が減少します。理想気体の状態方程式やボイル＝シャルルの法則に従い、頭部内の気圧が低下します。
4. 液面の上昇：頭部内の気圧が胴部内の気圧よりも低くなるため、胴部内の液体ジクロロメタンが首にあたる管の中を吸い上げられ、頭部へ向かって上昇します。
5. 重心の移動と傾き：液体が管を上昇し、頭部へ移動することで、装置全体の重心位置が上方に移動します。重心が支持軸よりも前方に移動すると、鳥は前方へ傾き始めます。
6. 気圧の均衡：鳥が十分に傾くと、首の管の下端が胴部内の液面から露出し、頭部内の蒸気が管を通って胴部へ移動します。同時に、管の中を上昇していた液体も胴部へ流れ落ちます。
7. 直立状態への復帰：液体が胴部に戻ることで重心が下がり、鳥は支持軸を支点として元の直立した状態に戻ります。

頭部が乾かない限り、この一連のサイクルが自動的に繰り返されます。通常は、嘴が届く位置に水を満たしたコップなどを置き、鳥が傾くたびに嘴が水に浸かるようにすることで、頭部のフェルトが常に湿った状態に保たれます。この動きのエネルギー源は、周囲環境からの熱であり、水飲み鳥は永久機関ではありません。

歴史

水飲み鳥の特許としては、アメリカで1945年8月6日にMiles V. Sullivanが出願したUS2402463が存在します。一方、日本の広島にある平田化学工業の平田氏が発明し、「平和鳥」として1949年6月に製品化されたという説も存在します。この説は、戸田盛和氏の著書『おもちゃセミナー』や、松田英臣氏の記事『水飲み鳥に魅せられた人々』に記されています。

水飲み鳥は、一見単純な玩具ですが、その背後には熱力学をはじめとする様々な科学原理が巧みに応用されており、遊びながら科学を学ぶことができる優れた教材としての側面も持ち合わせています。

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