氷底湖

氷底湖（ひょうていこ）

氷底湖（ひょうていこ、英: subglacial lake）は、文字通り氷河や広大な氷床の下に隠された液体の水の塊です。これらの湖は驚くほど多数存在し、特に南極大陸において広範囲にわたって分布していることが知られています。日本では氷河底湖、氷床底湖、氷河下湖、氷床下湖、氷床湖、氷下湖など、様々な名称で呼ばれることがあります。現在確認されている中でも最大級の一つは、南極大陸の内陸深くにあるボストーク湖です。

南極における発見と分布

南極では、最新の探査技術、特に人工衛星による観測が進むにつれて、その存在が次々と明らかになっています。例えば、2009年に公開された地図には、当時確認されていた124の氷底湖が記されており、その大部分はNASAの人工衛星ICESatによる新しい発見に基づいています。これらの湖は分布する地域によって特性が異なり、海岸近くに位置するものはサイズや形状が比較的変動しやすい傾向がある一方、内陸部の湖はより安定しているとされます。また、数百キロメートルに及ぶ運河状の構造によって複数の湖が地下で繋がっている例も確認されています。

科学的な重要性

氷底湖は、地球の気候システムや生命科学において極めて重要な意味を持ちます。氷河と基盤岩の間にある水は、氷河の動きを滑らかにする潤滑剤として機能し、氷が海へ流れ込む速度を加速させる要因となります。結果として、これは地球全体の海面上昇にも影響を及ぼしうるのです。さらに、厚い氷によって外界から数万年、あるいはそれ以上の長期間にわたって隔絶された環境は、他の場所では見られない独自の生態系を育んでいる可能性があります。2000年代以降、この隔絶された湖に太古の生命が存在する可能性を探る研究が活発化し、大きな成果を上げています。2012年にはロシアの研究チームがボストーク湖の氷を掘削して湖水サンプルを採取し、多数の新種のバクテリアを発見しました。翌2013年には、欧米の国際チームがウィランズ湖で同様の掘削調査を行い、こちらも極めて多様な未知の微生物群を確認しています。これらの発見は、生命が存在しうる限界環境や、地球の過去の環境を知る上で貴重な手がかりを提供しています。

存在条件と特性

氷底湖が厚い氷の下で液体の水を保ち続けるのは、いくつかの要因によるものです。一つは地球内部からの地熱による加熱であり、これが氷表面からの熱損失とバランスをとることで水温を維持します。もう一つは、上にある分厚い氷の圧力です。高い圧力は水の融点を通常より低下させ、0℃以下でも水として存在することを可能にします（圧力融解）。湖の表面、すなわち氷底湖の「天井」は、この圧力による融点と氷の中の温度勾配がちょうど釣り合う位置にあると考えられています。そのため、ボストーク湖のように非常に深い位置にある氷底湖では、湖の上に載る氷の厚さが周囲の氷床よりも格段に厚くなる現象が見られます。

氷底湖の水位、専門的には「浮遊面（floating level）」と呼ばれる高さは、通常、周囲の地面の端よりもかなり高い位置にあります。理論的には、もし上の氷が必要最低限の「静水圧による密閉（hydrostatic seal）」を保てるほど十分に薄ければ、氷底湖は丘の頂上のような高い場所に存在することも不可能ではありません。この浮遊面は、湖まで氷を貫通して穴を開けた際に観測される水位に相当し、湖の上の氷が仮に周囲に遮られずに自由に浮いている棚氷であったと想定した場合の喫水線と等しい高さに相当します。したがって、氷底湖の天井部分は、周囲全体が陸地に囲まれて「閉じ込められた棚氷（captured ice shelf）」のような状態にあるとみなすことができます。浮遊面が周囲の地面の端よりも高い場合、湖が存在し続けるためには、湖の境界全周にわたってこの静水圧による密閉が必要不可欠となります。この密閉は、湖の周囲を取り囲む氷が非常に高く、水が外へ流れ出せない場合に成立します。静水圧による密閉が成立する際には、氷の上面の高さが下面の高さよりもおよそ10倍も重要になるという特性があります。これはつまり、湖の縁にある氷の上面が1メートル高くなることが、その氷の下面が10メートル高くなることと同じくらい、密閉の維持に寄与することを意味します。ボストーク湖の例では、湖の縁の氷の高さはわずか7メートルと見積もられているにも関わらず、浮遊面は湖の天井よりも約3キロメートルも高い位置にあると推測されています。

もし、高い浮遊面を持つ氷底湖でこの静水圧による密閉が破られると、湖水は堰を切ったように流れ出し、大規模な洪水、専門的にはヨークルフロイプ（氷河洪水を伴う突発的な洪水）を引き起こす可能性があります。他の要因による流出が増加しないとしても、氷が融解することによって洪水流量が指数関数的に増大する可能性も指摘されています。

他の天体

地球上だけでなく、太陽系の他の場所にも氷底湖の存在が示唆されています。例えば、木星の衛星の一つであるエウロパには、厚い氷殻の下に液体の水の海、そしてその中に氷底湖が存在するという強い証拠が発見されています。

誤解について

氷底湖は必ずしも一年中完全に凍結しない氷に覆われているわけではありません。氷が溶ける季節がある地域でも、それが「流れている氷」、すなわち氷河の一部であるならば、その下にある湖は氷底湖と定義されます。氷河としての基準は、自身の重みでゆっくりと流動しているかどうかであり、この流動は氷の厚さが概ね30メートルを超えないと起こりにくいとされます。したがって、冬季に全面結氷するような通常の湖が、春になっても溶けずに氷が厚くなったからといって氷底湖になることは、まず考えられません。

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