汚い戦争

アルゼンチンの「汚い戦争」とは

「汚い戦争」とは、1976年から1983年にかけてアルゼンチンを統治した軍事政権によって行われた白色テロを指します。この期間中、左翼ゲリラの取締りを名目として、労働組合員、政治活動家、学生、ジャーナリストなど、多くの人々が不当に逮捕、監禁、拷問され、推定3万人が死亡または行方不明となりました。

歴史的背景

「汚い戦争」の始まりは明確ではありませんが、1975年にトゥクマン州で人民革命軍（ERP）に対するアルゼンチン軍の弾圧が発端とする見方があります。ERPはトゥクマン州を「革命の本拠地」としようと試み、州の一部を支配下に置いていました。これに対し、イサベル・ペロン大統領は「殲滅指令」を出し、軍にゲリラ掃討を命じました。軍は独立作戦を実行し、ゲリラとの戦闘を開始、住民に危害を加える事態も発生しました。

1976年3月24日、ホルヘ・ラファエル・ビデラ、エミリオ・エドゥアルド・マッセラ、オルランド・ラモン・アゴスティら軍高官によるクーデターが発生。軍事政権は「国家再編成プロセス」を掲げ、反体制派市民に対する違法な逮捕、拷問、殺害、強制拉致などの弾圧を行いました。特に「死のフライト」と呼ばれる、政治犯を生きたまま空から海や川に突き落とす行為は悪名高いものでした。

民主化後の裁判

フォークランド戦争の敗北後、軍部の威信は失墜。1983年の総選挙でラウル・アルフォンシンが大統領に選出され、民主化が実現しました。2005年には、軍政下の犯罪を不問とする恩赦法に違憲判決が下され、拉致、拷問、殺害に関与した元軍幹部らに対する裁判が相次いで行われました。ビデラ元大統領も人権侵害の罪で終身刑判決を受けています。

資金源とアメリカ政府の関与

「汚い戦争」の資金源としては、フリーメイソンのロッジ「ロッジP2」による不法な資金調達や、第二次世界大戦中に偽造されたポンド紙幣などが指摘されています。また、アメリカ政府は軍事政権に対し、軍事物資と資金の援助を行っていました。ヘンリー・キッシンジャーは、アメリカ議会が支援を停止する前に「内戦」にけりをつけるよう求めていたとされています。

カトリック教会への批判

アルゼンチンにおけるカトリック教会が軍事政権を支持し、「汚い戦争」に対し異議を唱えなかったことに対する批判も存在します。軍事政権によって殺害された司教や司祭もいましたが、大多数の教会関係者は沈黙を守りました。警察署付きの司祭であったクリスチャン・フォン・ヴェルニッヒは、囚人の拷問、殺害に直接関与していたとされています。

2000年、アルゼンチン司教評議会は、軍事政権に対して反対の立場を示さず市民を庇護しなかったことを謝罪する声明を発表しました。

「汚い戦争」は、アルゼンチン社会に深い傷跡を残しました。真相究明と責任追及の努力は続けられていますが、その全容解明には、まだ時間がかかるとみられています。

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