池田龍雄

池田龍雄：戦争と平和、前衛と抒情を繋いだ画家の軌跡

1928年、佐賀県に生まれた池田龍雄は、激動の時代を生き抜いた画家である。少年時代は自然科学への関心を持ちつつ、絵画への才能も開花させ、児童絵画コンクールで受賞するなど、早くから才能を垣間見せていた。しかし、彼の青年期は太平洋戦争と重なる。海軍航空隊に入隊し、特攻隊員となる経験は、その後の人生と作品に大きな影を落とすことになるだろう。

終戦後、彼は佐賀師範学校に入学するも、占領政策により退学を余儀なくされ、その後は佐世保の進駐軍キャンプで働きながら、画家としての道を模索する。1948年、上京して多摩造形芸術専門学校（多摩美術大学）に入学。同級生には桂川寛や森正洋といった著名な芸術家たちがいた。独学で油絵を学んでいた池田は、岡本太郎や花田清輝らの「アヴァンギャルド芸術研究会」に参加し、前衛芸術の世界に足を踏み入れる。

朝鮮戦争を機に、池田龍雄の社会意識はますます高まる。彼は絵画を通して社会問題や政治状況を鋭くえぐり出す表現方法を探求し始める。代表作の一つである「網元」は、内灘闘争を描いた力作であり、社会派画家としての彼の姿勢を示している。50年代には、小型ペン画から大型ペン画へと制作スタイルを転換。大型ペン画では、アンフォルメル運動の影響を受けつつ、抽象化の流れに逆らい、現実世界を独自の造形へと昇華させていく。

この時代の代表作である「出口のない貌」と「砦」は、彼の内面の葛藤と、社会への鋭い批判を象徴する作品と言えるだろう。特に「出口のない貌」は、巨大な頭部のような物体が描かれた、複雑で不気味な印象を与える大型ペン画だ。その造形は機械を思わせる部分もあり、戦争体験や、再軍備問題への複雑な感情が反映されていると解釈されている。一方「砦」は、再軍備を進める日本社会への批判を込めた作品とされている。画面には、建物が圧縮されたような構造物の上に、内蔵や筋肉のような組織が描かれ、不気味な生き物のようなモチーフが表現されている。これらの作品は、後に「化物の系譜」シリーズへと発展していく。

しかし、池田龍雄の芸術は、社会批評だけに留まらない。60年代以降は、政治的主題から離れ、宇宙や時間といった物理学的なテーマ、そして風刺や諧謔を交えた作品へと制作の幅を広げていく。「百仮面」「楕円空間」「玩具世界」「BRAHMAN」「万有引力」「場の位相」といったシリーズは、彼の知的探求とユーモアのセンスを融合させた独特の世界観を構築している。

池田龍雄は、絵本・児童書の挿絵画家としても活躍した。福音館書店の絵本誌「こどものとも」に掲載された木島始『ろくとはちのぼうけん』をはじめ、『ないたあかおに』、『世界のこどもエスエフ』など、数多くの作品で子どもたちの心に触れる作品を手がけている。

晩年まで精力的に創作活動を続け、2011年にはアート映画「ANPO」に出演。ニューヨーク近代美術館にも作品が展示され、国内でも回顧展が開催されるなど、高い評価を得ていた。2020年、誤嚥性肺炎のため92歳で逝去。

池田龍雄の作品は、戦争という極限状況を経験した人間の葛藤、社会への鋭い批判、そして宇宙や時間といった普遍的なテーマへの探求が、独特の画風で表現されている。彼の作品は、私たちに多くの問いかけを投げかけ、時代を超えて鑑賞者を魅了し続けるだろう。彼の作品は、単なる絵画を超え、20世紀後半の日本社会の複雑な姿を映し出す歴史的な証言でもあると言えるだろう。

参考文献
『池田龍雄-アバンギャルドの軌跡-』2010年
太田智子「池田龍雄《出口のない貌》考察」『山梨県立美術館 研究紀要 第25号』山梨県立美術館、2011年

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