池谷・関彗星 (C/1965 S1)
池谷・関彗星（Comet Ikeya-Seki, 符号: C/1965 S1）は、1965年に日本の二人のアマチュア天文家によって発見された、観測史上でも屈指の明るさを誇った大彗星です。
この彗星は、1965年9月18日の未明（日本時間）に、アマチュア天文家として彗星捜索に情熱を注いでいた池谷薫氏と関勉氏が、偶然にもほぼ同時刻にそれぞれ独立して発見しました。発見当時は台風が日本列島を通過した直後で、池谷氏は静岡県舞阪町（現在の浜松市）で台風の目の通過中に自作の15cm反射望遠鏡を、関氏は高知市で台風一過の晴れ間を利用して自作の8.8cm屈折望遠鏡を使用し、うみへび座の領域でこの彗星を見つけました。発見時の明るさは7～8等級でした。
二人の発見者から電報を受けた東京天文台は、その後の観測を試みましたが、天候に恵まれませんでした。しかし、二人が同時に発見したという報告から、その確実性を信じ、各国の天文台に連絡を行います。この彗星の国際的な確認はオーストラリアのウーメラ天文台で行われ、9月20日には「池谷・関彗星 (1965f)」として正式に命名されました。当初は小さな彗星として捉えられていましたが、この彗星が後に驚異的な明るさで輝く「世紀の大彗星」へと成長したことで、池谷氏と関氏は世界的に有名になります。
発見者の一人である関勉氏は、当時、高知新聞に「未知の星を求めて」と題したエッセイを連載していました。この彗星の発見が連載中に起こったことで大きな注目を集め、後に書籍としても出版されました。これは、当時の日本において多くの天文ファンを生み出すきっかけの一つとなったと言われています。
池谷・関彗星の発見直後、フランスの天文学者ロジェ・リゴレー氏は、その位置と運動方向から、この彗星が太陽に非常に接近する軌道を持つ「クロイツ群」に属する可能性が高いことに気付きました。その後の観測データに基づいた軌道計算により、この予測は正しかったことが証明されます。池谷・関彗星は、1965年10月21日に太陽の表面からわずか約45万km（太陽の直径の約3分の1）という極めて近い距離を通過すると予報され、その際には非常に明るくなると予測されました。
彗星の明るさの変化は予測が難しいことが多い中で、池谷・関彗星はその予想通り、太陽に近づくにつれて急速に増光していきました。特に、10月21日の日本時間午後1時頃の近日点通過時には、推定マイナス17等級という驚異的な明るさに達し、約1時間にわたって満月をも凌ぐ輝きを見せました。昼間の太陽のすぐそばにもかかわらず、肉眼で観測できたという報告も多数寄せられています。東京天文台の乗鞍コロナ観測所では、コロナグラフを用いた写真撮影にも成功しています。この彗星は過去数千年の中で最も明るくなった彗星の一つであり、「1965年の大彗星」とも称されます。
近日点通過の直前、具体的には10月21日の午後1時37分頃には、彗星の核が3つに分裂した様子が観測されました。分裂した核のうち、A核とB核と呼ばれる二つは、その後長期にわたって観測が続けられました。これらの核は互いに大きく離れることなく、ほぼ同じ軌道をたどったため、肉眼や小型望遠鏡では一つの彗星として見えました。分裂の正確な時期については、ズデネク・セカニナ氏が計算により10月26日頃である可能性を示唆しています。
近日点通過後、池谷・関彗星は10月27日頃から再び姿を現し始めました。明け方の薄明の空に、2～3等級のコマ（頭部）と、長く明るい尾を伴った姿が見られました。11月初旬になるとコマの明るさは4等級程度に暗くなりましたが、薄明前の暗い夜空で、細く伸びた美しい尾を好条件で観測できるようになりました。当時の観測報告によると、眼視で20～30度、写真では40度にも達する長い尾が見られたとのことです。
発見された1965年は、まだ高度経済成長が本格化する前で、都市部の光害も現在ほど深刻ではありませんでした。また、当時の日本は天候にも恵まれたため、多くの地域でこの雄大な尾を連日観測することができました。日本人が発見した彗星であったこともあり、この彗星をきっかけに天文趣味を始めたり、自ら彗星捜索に乗り出したりした人が数多く生まれました。11月に入っても尾は長く見えていましたが、彗星は急速に暗くなっていき、11月10日過ぎには肉眼での観測が困難になりました。その後も太陽系の外部へ遠ざかりながら減光を続け、1966年1月上旬には10等前後となり、最終的に観測されたのは同年2月中旬直前でした。3等級以上の明るさを保っていた期間は約2週間と短いながらも、特に10月末から11月初旬の数日間は最も美しい姿を見せてくれました。
池谷・関彗星は、前述の通り太陽表面をかすめるような軌道をとるクロイツ群の一員です。この彗星群は、かつて太陽に大接近した一つの巨大な彗星が分裂し、その破片がさらに繰り返し分裂して生まれたと考えられています。近年では、太陽観測衛星SOHOの画像によって、地上の望遠鏡では見えない多数のクロイツ群彗星が発見されていますが、池谷・関彗星のように地上から肉眼で見えるほど大きくなるものは非常に稀です。池谷・関彗星は、1106年に出現した大彗星（X/1106 C1）が分裂した際に生じた破片の一つである可能性が指摘されており、同じく19世紀を代表する大彗星の一つである「1882年の大彗星」(C/1882 R1)も、この1106年の彗星の別の破片であると考えられています。
カリフォルニア大学のジョージ・フレストン博士は、リック天文台の反射望遠鏡を用いて池谷・関彗星のスペクトル分析を実施しました。その結果、この彗星は非常に高温であり、鉄やニッケル、クロム、銅、カルシウムなどの様々な元素を含んでいることが明らかになりました。
池谷・関彗星の発見は、当時の社会にも大きな影響を与えました。詩人・劇作家の寺山修司氏は、この彗星の発見にインスパイアされ、ラジオドラマ「コメット・イケヤ」の脚本を執筆しました。この作品には、発見者の池谷薫氏自身も声優として出演し、1966年8月31日にNHK東京のFM名作劇場でステレオ放送されました。「コメット・イケヤ」は同年度のイタリア賞ラジオドラマ部門でグランプリを受賞し、世界6カ国で放送されるなど、国際的にも高い評価を受けました。
また、キューバの作曲家ホセ・カレヨ氏は、1965年10月25日にこの彗星に捧げる楽曲「Ikeya-Seki」を即興で作曲しました。後にこの事実を知った関勉氏は、2008年に日本のテレビ番組の企画でカレヨ氏の捜索を依頼します。残念ながらカレヨ氏は2004年に死去していましたが、関氏は氏への感謝の意を表すため、自身が1992年に発見した小惑星に「Careyo」と命名しました。
池谷・関彗星は、日本の天文史において、アマチュア天文家の活躍を象徴する出来事であるとともに、多くの人々が天体観測に関心を持つきっかけとなった、記憶に残る存在です。
発見とその後の観測
この彗星は、1965年9月18日の未明（日本時間）に、アマチュア天文家として彗星捜索に情熱を注いでいた池谷薫氏と関勉氏が、偶然にもほぼ同時刻にそれぞれ独立して発見しました。発見当時は台風が日本列島を通過した直後で、池谷氏は静岡県舞阪町（現在の浜松市）で台風の目の通過中に自作の15cm反射望遠鏡を、関氏は高知市で台風一過の晴れ間を利用して自作の8.8cm屈折望遠鏡を使用し、うみへび座の領域でこの彗星を見つけました。発見時の明るさは7～8等級でした。
二人の発見者から電報を受けた東京天文台は、その後の観測を試みましたが、天候に恵まれませんでした。しかし、二人が同時に発見したという報告から、その確実性を信じ、各国の天文台に連絡を行います。この彗星の国際的な確認はオーストラリアのウーメラ天文台で行われ、9月20日には「池谷・関彗星 (1965f)」として正式に命名されました。当初は小さな彗星として捉えられていましたが、この彗星が後に驚異的な明るさで輝く「世紀の大彗星」へと成長したことで、池谷氏と関氏は世界的に有名になります。
発見者の一人である関勉氏は、当時、高知新聞に「未知の星を求めて」と題したエッセイを連載していました。この彗星の発見が連載中に起こったことで大きな注目を集め、後に書籍としても出版されました。これは、当時の日本において多くの天文ファンを生み出すきっかけの一つとなったと言われています。
特異な性質
池谷・関彗星の発見直後、フランスの天文学者ロジェ・リゴレー氏は、その位置と運動方向から、この彗星が太陽に非常に接近する軌道を持つ「クロイツ群」に属する可能性が高いことに気付きました。その後の観測データに基づいた軌道計算により、この予測は正しかったことが証明されます。池谷・関彗星は、1965年10月21日に太陽の表面からわずか約45万km（太陽の直径の約3分の1）という極めて近い距離を通過すると予報され、その際には非常に明るくなると予測されました。
彗星の明るさの変化は予測が難しいことが多い中で、池谷・関彗星はその予想通り、太陽に近づくにつれて急速に増光していきました。特に、10月21日の日本時間午後1時頃の近日点通過時には、推定マイナス17等級という驚異的な明るさに達し、約1時間にわたって満月をも凌ぐ輝きを見せました。昼間の太陽のすぐそばにもかかわらず、肉眼で観測できたという報告も多数寄せられています。東京天文台の乗鞍コロナ観測所では、コロナグラフを用いた写真撮影にも成功しています。この彗星は過去数千年の中で最も明るくなった彗星の一つであり、「1965年の大彗星」とも称されます。
近日点通過の直前、具体的には10月21日の午後1時37分頃には、彗星の核が3つに分裂した様子が観測されました。分裂した核のうち、A核とB核と呼ばれる二つは、その後長期にわたって観測が続けられました。これらの核は互いに大きく離れることなく、ほぼ同じ軌道をたどったため、肉眼や小型望遠鏡では一つの彗星として見えました。分裂の正確な時期については、ズデネク・セカニナ氏が計算により10月26日頃である可能性を示唆しています。
近日点通過後の姿と文化への影響
近日点通過後、池谷・関彗星は10月27日頃から再び姿を現し始めました。明け方の薄明の空に、2～3等級のコマ（頭部）と、長く明るい尾を伴った姿が見られました。11月初旬になるとコマの明るさは4等級程度に暗くなりましたが、薄明前の暗い夜空で、細く伸びた美しい尾を好条件で観測できるようになりました。当時の観測報告によると、眼視で20～30度、写真では40度にも達する長い尾が見られたとのことです。
発見された1965年は、まだ高度経済成長が本格化する前で、都市部の光害も現在ほど深刻ではありませんでした。また、当時の日本は天候にも恵まれたため、多くの地域でこの雄大な尾を連日観測することができました。日本人が発見した彗星であったこともあり、この彗星をきっかけに天文趣味を始めたり、自ら彗星捜索に乗り出したりした人が数多く生まれました。11月に入っても尾は長く見えていましたが、彗星は急速に暗くなっていき、11月10日過ぎには肉眼での観測が困難になりました。その後も太陽系の外部へ遠ざかりながら減光を続け、1966年1月上旬には10等前後となり、最終的に観測されたのは同年2月中旬直前でした。3等級以上の明るさを保っていた期間は約2週間と短いながらも、特に10月末から11月初旬の数日間は最も美しい姿を見せてくれました。
クロイツ群としての位置づけ
池谷・関彗星は、前述の通り太陽表面をかすめるような軌道をとるクロイツ群の一員です。この彗星群は、かつて太陽に大接近した一つの巨大な彗星が分裂し、その破片がさらに繰り返し分裂して生まれたと考えられています。近年では、太陽観測衛星SOHOの画像によって、地上の望遠鏡では見えない多数のクロイツ群彗星が発見されていますが、池谷・関彗星のように地上から肉眼で見えるほど大きくなるものは非常に稀です。池谷・関彗星は、1106年に出現した大彗星（X/1106 C1）が分裂した際に生じた破片の一つである可能性が指摘されており、同じく19世紀を代表する大彗星の一つである「1882年の大彗星」(C/1882 R1)も、この1106年の彗星の別の破片であると考えられています。
スペクトル分析
カリフォルニア大学のジョージ・フレストン博士は、リック天文台の反射望遠鏡を用いて池谷・関彗星のスペクトル分析を実施しました。その結果、この彗星は非常に高温であり、鉄やニッケル、クロム、銅、カルシウムなどの様々な元素を含んでいることが明らかになりました。
文化的な影響
池谷・関彗星の発見は、当時の社会にも大きな影響を与えました。詩人・劇作家の寺山修司氏は、この彗星の発見にインスパイアされ、ラジオドラマ「コメット・イケヤ」の脚本を執筆しました。この作品には、発見者の池谷薫氏自身も声優として出演し、1966年8月31日にNHK東京のFM名作劇場でステレオ放送されました。「コメット・イケヤ」は同年度のイタリア賞ラジオドラマ部門でグランプリを受賞し、世界6カ国で放送されるなど、国際的にも高い評価を受けました。
また、キューバの作曲家ホセ・カレヨ氏は、1965年10月25日にこの彗星に捧げる楽曲「Ikeya-Seki」を即興で作曲しました。後にこの事実を知った関勉氏は、2008年に日本のテレビ番組の企画でカレヨ氏の捜索を依頼します。残念ながらカレヨ氏は2004年に死去していましたが、関氏は氏への感謝の意を表すため、自身が1992年に発見した小惑星に「Careyo」と命名しました。
池谷・関彗星は、日本の天文史において、アマチュア天文家の活躍を象徴する出来事であるとともに、多くの人々が天体観測に関心を持つきっかけとなった、記憶に残る存在です。
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