沓掛時次郎 遊侠一匹

『沓掛時次郎 遊侠一匹』：時代劇への熱き魂が燃え上がる

1966年公開の『沓掛時次郎 遊侠一匹』は、加藤泰監督が、主演の中村錦之助（後の萬屋錦之介）と組んだ時代劇映画です。長谷川伸の戯曲『沓掛時次郎』を原作とし、中村錦之助にとっては、自身の退社騒動の末に実現した特別な作品となりました。映画は、単なる時代劇の枠を超え、義理と人情、そして切ない恋模様を描き出し、多くの観客の心を掴みました。

製作の背景

本作は、中村錦之助が東映を退社する騒動の中で生まれました。当時、時代劇の衰退が進む中、錦之助は「最後にもう一度時代劇をやりたい」と強く願い、加藤泰監督と共に企画を立ち上げました。加藤監督もまた、時代劇への強い思い入れがあり、この企画に飛びつきました。背景には、中村錦之助がヤクザ映画全盛の時代に我慢できず、「どうしても時代劇を作りたい」という強い思いがあったとも言われています。

映像美と演出

加藤泰監督のトレードマークであるローアングルやシンクロ録音が、本作でも効果的に使われています。スタジオに再現された四季の移ろいや、雪景色、夕焼け空の鰯雲など、誇張された表現が独特の世界観を創り出しています。また、男女の情感を、季節の果物を渡す行為で表現する演出も、加藤監督ならではの特徴です。特に、晩秋の渡し舟の上で、おきぬが時次郎に柿を渡すシーンは、その後の二人の関係を暗示する重要な場面となっています。さらに、時次郎が自分の身の上を語る長回しのシーンは、緊張感と情感の爆発を両立させ、観る者を圧倒します。

脚本の妙

脚本を担当した鈴木尚之と掛札昌裕は、原作にはない身延の朝吉や昌太郎といったキャラクターを創造し、物語に深みを与えています。当初、加藤監督はオリジナルキャラクターの追加に反対しましたが、鈴木が譲らず、結果的にこれらのキャラクターが映画の魅力を引き上げました。渥美清が演じた朝吉は、物語にユーモアと哀愁を加え、映画に欠かせない存在となっています。

あらすじ

主人公の沓掛時次郎は、渡世人として旅を続ける中で、様々な出来事に巻き込まれます。かつて飯岡助五郎と笹川繁蔵の争いに加担した過去を持つ時次郎は、ヤクザの世界に嫌気がさしていましたが、義理のため、再び刀を手に取ります。彼は、ひょんなことから出会ったおきぬと、互いに惹かれ合いますが、その関係は悲劇的な結末を迎えます。おきぬの夫を殺したのが自分だと知った時次郎は苦悩し、一度は別れますが、一年後、再会した時には、おきぬは病に侵されていました。おきぬを救うため、時次郎は再びヤクザの世界に足を踏み入れる決意をします。おきぬが亡くなった後、時次郎は彼女の子供を引き取り旅に出ます。そして、ヤクザに憧れる若者を諭し、今度こそ刀を捨てました。

評価と影響

本作は、公開当時から熱狂的なファンを生み、現在でも多くの映画ファンに愛されています。評論家の山根貞男は、本作を観たことがきっかけで映画評論家になったと語っており、その影響力の大きさを物語っています。また、水野晴郎は、初期から加藤泰作品を支持し、本作を高く評価しました。この映画は、時代劇というジャンルを超え、映画史に残る傑作として、今後も語り継がれていくでしょう。

キャスト

沓掛時次郎：中村錦之助（萬屋錦之介）
おきぬ：池内淳子
昌太郎：岡崎二朗
身延の朝吉：渥美清
六ツ田の三蔵：東千代之介

スタッフ

監督：加藤泰
企画：小川三喜雄、三村敬三
原作：長谷川伸
脚本：鈴木尚之、掛札昌裕
撮影：古谷伸
* 音楽：斎藤一郎

『沓掛時次郎 遊侠一匹』は、時代劇の衰退期に、映画に関わる人々の情熱が結集して作られた、まさに「映画史に残る」名作です。その映像美、演出、脚本、そして俳優たちの熱演は、観る者の心を揺さぶり、忘れられない感動を与えてくれるでしょう。

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