河窪信実

河窪信実について

河窪信実（かわくぼ のぶざね）は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将です。甲斐武田氏の一族であり、武田信玄の異母弟にあたります。武田氏の親族衆として、その家を支えました。

生涯

信実は、甲斐国の戦国大名・武田信虎の子として生まれました。河窪村を領有したことから河窪氏を称し、その居城は「川窪の城山」と呼ばれる丘に築かれていたと伝えられています。信実は、騎馬15騎と浪人組313人を率いて武蔵国雁坂口方面の守備を担当し、後に200騎を与力として加えられました。

兄である松尾信是が亡くなると、信玄の命により、信実の子・信俊が信是の娘と結婚して松尾家を相続しました。これにより、信実は松尾家の遺領を実質的に支配することとなりました。この際に作成された軍役定書は、史料的価値が高いとされています。

長篠の戦い

天正3年（1575年）の長篠の戦いにおいて、信実は長篠城を監視する重要な拠点である鳶ヶ巣山砦を守備していました。本戦が行われた設楽原には参加しませんでしたが、酒井忠次率いる別働隊による奇襲を受け、戦いの火蓋が切られました。

酒井隊の奇襲は、信実らが守る砦の背後から行われました。信実の部隊は、本砦である鳶ヶ巣山のほか、四つの支砦も守備していましたが、兵力で劣り、各砦間の連携も不十分でした。そのため、各砦は分断されたまま防戦を強いられました。信実は、小宮山隼人助を指揮して、松平伊忠や菅沼定盈らの侵攻を4度まで押し返しましたが、松平家忠率いる東条松平勢の陽動作戦によって、別口からの侵入を許してしまいました。最終的に、姥ヶ懐や君ヶ伏所などの支砦が壊滅し、本多広孝らの増援によって、信実の部隊は壊滅、信実自身も戦死しました。

信実は東条松平の配下である平岩権太夫に、小宮山隼人助は菅沼定盈に討たれたという説があります。かつて鳶ヶ巣山には「兵庫塚」と呼ばれる丘があったと言われていますが、現在は耕地として開墾され、その痕跡は残っていません。

子孫

信実の戦死後、嫡子である河窪信俊が家督を相続しました。武田家が滅亡した後は徳川家康に仕え、その子孫は旗本（2700石）として存続しました。信俊の子である信貞の代に、河窪氏から武田姓に復しています。現在でも、長野県松本市を中心に、武田菱の家紋を持つ「川久保」姓の家系が存続しています。

逸話

信実には、次のような逸話が残されています。

ある時、徳川家康の家臣である篠瀬某が、主命に背いたとして怒りを買い、信実の元に逃れてきました。信実は彼を保護しましたが、しばらくすると、家康の勘気が解けたため帰参を許すとの知らせが届きました。篠瀬は信実に何の恩返しもできないことを悩んだ末、その心中を信実に告白しました。信実は「少し待て」と言って席を立ち、2羽の立派な鷹を携えて戻ってきました。「三河殿（徳川家康）は鷹狩りを好むと聞く。帰参の折にこれを献上すれば、お主への心証も良くなるだろう」と言い、鷹を篠瀬に与えました。この話を聞いた家康は、信実の心根に深く感銘を受けたと伝えられています。

河窪信実は、武将としての勇猛さだけでなく、人としての優しさや思慮深さも兼ね備えた人物だったと言えるでしょう。

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