洗張
洗い張り（あらいはり）とは、和服専門の伝統的な洗濯技術です。仕立て上がった着物や長襦袢（ながじゅばん）など、縫い合わせて衣服の形になっているものを、一度すべての縫い糸を解いて反物の状態に戻し、その一枚の布を丁寧に洗浄・乾燥・仕上げを行う手法です。この工程の最初に反物の状態に戻すことから、「解き洗い（ときあらい）」とも呼ばれます。
この方法の対義語として「丸洗い（まるあらい）」がありますが、洗い張りと丸洗いにはそれぞれ適した衣類があります。一般的に、裏地のついていない単（ひとえ）の着物は丸洗いされることが多い一方、袷（あわせ）の着物には洗い張りが選ばれます。これは、袷の着物を仕立てた形のまま丸洗いすると、表地と裏地が水を含むことで伸縮率に差が生じ、釣り合いが崩れて風合いや形状が損なわれる可能性があるためです。洗い張りであれば、それぞれの布を単独で扱うため、このような問題を避けられます。
洗い張りの工程は、文字通り「洗」と「張」の二つの段階に大きく分けられます。まず「洗」の段階では、衣服の縫い糸を丁寧に解き、反物の状態に戻します。この時、糸くずや小さなごみなども取り除かれます。その後、専門的な方法で反物を水洗いします。
次に「張」の段階、すなわち「張り物（はりもの）」と呼ばれる仕上げと乾燥の工程を行います。この作業によって、洗った布に光沢や適切な風合いが与えられます。張り物の方法は、布の素材や種類によって異なり、主に以下の方法があります。
板張り（いたばり）仕上げ: 木綿やレーヨン、絹と他の繊維を組み合わせた交織（こうしょく）地などに用いられる方法で、張板（はりいた）と呼ばれる専用の板に布を張り付けて乾燥させます。
籡張り（しんしばり）仕上げ: 縮緬（ちりめん）やお召（おめし）、大島紬（おおしまつむぎ）のような高級な絹織物に使われます。籡（しんし）という竹ひごのような道具を使って布を張り、形を整えながら乾燥させます。
湯のし（ゆのし）仕上げ: 縮緬などの強撚糸（きょうねんし）を使った布に用いられます。熱と蒸気を利用して布の幅や縮みを整える方法で、糊を使用しない点が他の張り方と異なります。
アイロン仕上げ: 近代以降に取り入れられた方法です。
洗い張りを行う職人は「洗張屋（あらいはりや）」と呼ばれていました。また、「張り物」の工程を専門に行う職人は「張物師（はりものし）」、「張屋（はりや）」、あるいは「張殿（はりどの）」とも呼ばれていました。張板のことを張物板（はりものいた）とも言います。現在では、染物屋、特に京都や大阪を中心とする関西地方では、注文主と加工業者の間に立って仲介する「悉皆屋（しっかいや）」に洗い張りを依頼することが多くなっています。
洗い張りの技法がいつ頃始まったかは定かではありませんが、平安時代後期に成立した物語『宇津保物語』（10世紀末頃）にはすでに「張り物」をする人物が登場しており、古くから行われていたことがうかがえます。室町時代（14世紀〜16世紀）には染物屋が洗い張りを兼業していたとされています。室町時代末期に作られた『三十二番職人歌合』（1494年）には「張殿」が独立した専門職として描かれており、少なくともこの頃には張り物の専門職が存在していたことがわかります。歌合の絵には、小袖を着た女性が籡を使って布を張る姿が描かれ、添えられた歌には、春の花見シーズンに仕事が忙しくなることや、野外作業のため雨天は休まざるを得ないことなど、当時の張殿の仕事の様子が詠まれています。
江戸時代（17世紀〜19世紀）に入ると、風俗事典『人倫訓蒙図彙』（1690年）には「練物・張物師」として、絹の精練（練物）や洗濯物（洗沢物）を張る職が紹介されており、生絹の加工と洗い張りが関連付けられていたことがわかります。この時代には、洗い張りを専門に行う「洗張屋」も登場しました。また、大坂（現在の大阪市）では「悉皆屋」が発達し、京都の専門店へ洗い張りや染めの注文を仲介するようになり、やがて悉皆屋自体が加工業者や職人を指す呼称としても使われるようになりました。江戸時代の文化に関連して、当時の流行模様を洗い張りの華やかな様子になぞらえて紹介した、山東京伝（やまのきょうでん）の『洗張浮世模様』（1786年）というイラスト集も出版されています。
近代以降には、一般家庭でも洗い張りが行われるようになりました。家庭での洗い張りでは、日差しの強い初夏から夏にかけて張り物の作業をするために、春のうちに袷の着物だけでなく布団や半纏（はんてん）など家中の衣類をまとめて解くといった、季節ごとの作業計画が立てられることもありました。また、木綿の単衣でも、洗い張りをして仕立て直すことでより長く着られると言われ、家庭における家事の中でも、洗い張りとそれに伴う仕立て直しを含む「衣類の世話」は、多くの時間を要する重要な作業であったとされています。しかし、第二次世界大戦後（1940年代以降）は、染物屋や悉皆屋といった専門業者に外注するケースが増加しています。
産業分類上、洗い張りを行う事業はかつて「染物業」とともに「洗張・染物業」というカテゴリに位置付けられていましたが、2007年の日本標準産業分類改正により、現在は「生活関連サービス業・娯楽業」の大分類中の「洗濯・理容・美容・浴場業」という中分類に属し、さらに「その他の洗濯・理容・美容・浴場業」という小分類の中の「洗張・染物業」という細分類として位置付けられています。現代において洗い張りを専門業者に依頼する場合、洗い張りの費用に加え、必要に応じてガード加工や再び着物の形に仕立て直す仕立て代などがかかります。費用相場は、洗い張りに12,000円程度、ガード加工に12,000円程度、仕立て代に38,000円程度といった例が見られます。洗い張りは、大切な和服を長く美しく保つための重要な手入れ方法として、現在も受け継がれています。
この方法の対義語として「丸洗い（まるあらい）」がありますが、洗い張りと丸洗いにはそれぞれ適した衣類があります。一般的に、裏地のついていない単（ひとえ）の着物は丸洗いされることが多い一方、袷（あわせ）の着物には洗い張りが選ばれます。これは、袷の着物を仕立てた形のまま丸洗いすると、表地と裏地が水を含むことで伸縮率に差が生じ、釣り合いが崩れて風合いや形状が損なわれる可能性があるためです。洗い張りであれば、それぞれの布を単独で扱うため、このような問題を避けられます。
洗い張りの工程は、文字通り「洗」と「張」の二つの段階に大きく分けられます。まず「洗」の段階では、衣服の縫い糸を丁寧に解き、反物の状態に戻します。この時、糸くずや小さなごみなども取り除かれます。その後、専門的な方法で反物を水洗いします。
次に「張」の段階、すなわち「張り物（はりもの）」と呼ばれる仕上げと乾燥の工程を行います。この作業によって、洗った布に光沢や適切な風合いが与えられます。張り物の方法は、布の素材や種類によって異なり、主に以下の方法があります。
板張り（いたばり）仕上げ: 木綿やレーヨン、絹と他の繊維を組み合わせた交織（こうしょく）地などに用いられる方法で、張板（はりいた）と呼ばれる専用の板に布を張り付けて乾燥させます。
籡張り（しんしばり）仕上げ: 縮緬（ちりめん）やお召（おめし）、大島紬（おおしまつむぎ）のような高級な絹織物に使われます。籡（しんし）という竹ひごのような道具を使って布を張り、形を整えながら乾燥させます。
湯のし（ゆのし）仕上げ: 縮緬などの強撚糸（きょうねんし）を使った布に用いられます。熱と蒸気を利用して布の幅や縮みを整える方法で、糊を使用しない点が他の張り方と異なります。
アイロン仕上げ: 近代以降に取り入れられた方法です。
洗い張りを行う職人は「洗張屋（あらいはりや）」と呼ばれていました。また、「張り物」の工程を専門に行う職人は「張物師（はりものし）」、「張屋（はりや）」、あるいは「張殿（はりどの）」とも呼ばれていました。張板のことを張物板（はりものいた）とも言います。現在では、染物屋、特に京都や大阪を中心とする関西地方では、注文主と加工業者の間に立って仲介する「悉皆屋（しっかいや）」に洗い張りを依頼することが多くなっています。
洗い張りの技法がいつ頃始まったかは定かではありませんが、平安時代後期に成立した物語『宇津保物語』（10世紀末頃）にはすでに「張り物」をする人物が登場しており、古くから行われていたことがうかがえます。室町時代（14世紀〜16世紀）には染物屋が洗い張りを兼業していたとされています。室町時代末期に作られた『三十二番職人歌合』（1494年）には「張殿」が独立した専門職として描かれており、少なくともこの頃には張り物の専門職が存在していたことがわかります。歌合の絵には、小袖を着た女性が籡を使って布を張る姿が描かれ、添えられた歌には、春の花見シーズンに仕事が忙しくなることや、野外作業のため雨天は休まざるを得ないことなど、当時の張殿の仕事の様子が詠まれています。
江戸時代（17世紀〜19世紀）に入ると、風俗事典『人倫訓蒙図彙』（1690年）には「練物・張物師」として、絹の精練（練物）や洗濯物（洗沢物）を張る職が紹介されており、生絹の加工と洗い張りが関連付けられていたことがわかります。この時代には、洗い張りを専門に行う「洗張屋」も登場しました。また、大坂（現在の大阪市）では「悉皆屋」が発達し、京都の専門店へ洗い張りや染めの注文を仲介するようになり、やがて悉皆屋自体が加工業者や職人を指す呼称としても使われるようになりました。江戸時代の文化に関連して、当時の流行模様を洗い張りの華やかな様子になぞらえて紹介した、山東京伝（やまのきょうでん）の『洗張浮世模様』（1786年）というイラスト集も出版されています。
近代以降には、一般家庭でも洗い張りが行われるようになりました。家庭での洗い張りでは、日差しの強い初夏から夏にかけて張り物の作業をするために、春のうちに袷の着物だけでなく布団や半纏（はんてん）など家中の衣類をまとめて解くといった、季節ごとの作業計画が立てられることもありました。また、木綿の単衣でも、洗い張りをして仕立て直すことでより長く着られると言われ、家庭における家事の中でも、洗い張りとそれに伴う仕立て直しを含む「衣類の世話」は、多くの時間を要する重要な作業であったとされています。しかし、第二次世界大戦後（1940年代以降）は、染物屋や悉皆屋といった専門業者に外注するケースが増加しています。
産業分類上、洗い張りを行う事業はかつて「染物業」とともに「洗張・染物業」というカテゴリに位置付けられていましたが、2007年の日本標準産業分類改正により、現在は「生活関連サービス業・娯楽業」の大分類中の「洗濯・理容・美容・浴場業」という中分類に属し、さらに「その他の洗濯・理容・美容・浴場業」という小分類の中の「洗張・染物業」という細分類として位置付けられています。現代において洗い張りを専門業者に依頼する場合、洗い張りの費用に加え、必要に応じてガード加工や再び着物の形に仕立て直す仕立て代などがかかります。費用相場は、洗い張りに12,000円程度、ガード加工に12,000円程度、仕立て代に38,000円程度といった例が見られます。洗い張りは、大切な和服を長く美しく保つための重要な手入れ方法として、現在も受け継がれています。
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