洗礼者聖ヨハネ (ティツィアーノ)

『洗礼者聖ヨハネ』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1540年から1542年頃に制作した油彩画です。この作品は、荒野で禁欲的な生活を送る洗礼者ヨハネを主題としており、もともとはヴェネツィアのサンタ・マリア・マッジョーレ教会の礼拝堂に飾られていました。現在はヴェネツィアのアカデミア美術館に所蔵されており、他にもマドリードのプラド美術館やエル・エスコリアル修道院に異なるバージョンが所蔵されています。

作品の特徴

『新約聖書』の「マタイによる福音書」には、洗礼者ヨハネがラクダの毛皮をまとい、ヨルダン川で人々に洗礼を授けたと記されています。ティツィアーノは、このヨハネを樹木が茂る河畔の風景の中に描いています。半裸のヨハネはラクダの毛皮を身につけ、手に葦で作られた十字架を持ち、足元には仔羊が眠っています。これらの要素は、洗礼者ヨハネを象徴する典型的なアトリビュートです。

この作品は、マニエリスムの特徴である「視覚に訴える身ぶり」と、前景に描かれた人物像の存在感を高める圧縮された空間性を備えています。また、マニエリスムとヴェネツィア派の色彩が巧みに融合していると評価されています。ヨハネの頭部はドナテッロの彫像を思わせる一方で、伝統的な禁欲主義者のイメージとは異なり、肉体的活力と解剖学的な正確さを備えています。堂々としたポーズは、古代ローマの雄弁な支配者の彫像を彷彿とさせます。岩には、ラテン語化されたティツィアーノの署名（Titanius）があります。

ティツィアーノは、ヨハネを際立たせるために低い地平線を使用しています。画面左の切り立った崖がヨハネの姿を強調し、全体の構図に深みを与えています。右側の景色は、川の流れ、緑豊かな木々、そしてヨハネの運命を暗示する雲へと上に向かって展開しています。

制作年代については諸説あり、ラテン語化された署名から1533年以降とする説や、初期の1530年代とする説もありますが、近年では1540年頃とするのが一般的です。

来歴

この作品は、批評家や学者から高く評価されており、1557年にはロドヴィーコ・ドルチェが「デザインや色彩の面で、これほど美しく、より良いものを見たことはない」と述べています。1808年、教会の世俗化により、この絵画はサンタ・マリア・マッジョーレ教会から撤去され、ブレラ美術館へ移管される予定でしたが、アカデミア美術館の抗議により同美術館に移されました。

別バージョン

マドリードのプラド美術館とエル・エスコリアル修道院にも、ティツィアーノによる別のバージョンが所蔵されています。エル・エスコリアル修道院版は1577年にスペイン国王フェリペ2世によって贈られたもので、1999年の修復後は1560年代後半の直筆画とされています。プラド美術館版は、19世紀にトリニダード美術館に収蔵された後、カントリアの教会に送られ、2007年から2012年にかけてプラド美術館で修復されました。2012年には、これら3点の『洗礼者聖ヨハネ』がプラド美術館で展示されました。

まとめ

ティツィアーノの『洗礼者聖ヨハネ』は、マニエリスムとヴェネツィア派の色彩が融合した傑作であり、洗礼者ヨハネの力強い姿と、緻密な風景描写が見る者を魅了します。複数のバージョンが存在することからも、この作品に対する高い評価と関心が伺えます。

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