海舶互市新例

海舶互市新例（かいはくごししんれい）とは

海舶互市新例は、江戸時代中期の1715年（正徳5年）に、新井白石によって制定された貿易統制令です。別名、長崎新令、正徳新令とも呼ばれます。この法令は、当時の日本が抱えていた深刻な金銀の海外流出問題に対応するために、貿易額や品目を厳しく制限することを目的としていました。

法令の内容

海舶互市新例では、以下の点が定められました。

貿易枠の制限:
清（中国）：年間30隻、取引額は銀6000貫
オランダ：年間2隻、取引額は銀3000貫
輸出制限: 輸出品は、俵物（いりこ、干し鮑、フカヒレなど）、昆布、するめ、真鍮製品、蒔絵、伊万里焼などの美術工芸品に限定。
信牌制度: 貿易船には幕府が発行する信牌（許可証）の持参を義務付け。
長崎奉行所の改革: 長崎奉行の定員を3名から2名に削減。削減した経費を目付以下の中下級役人の増員に充当。

法令制定の背景

当時の日本は鎖国政策を敷いており、海外との貿易は長崎、琉球、対馬、松前の4地域に限定されていました。中でも長崎では、オランダと清との貿易が行われていました。

しかし、これらの貿易を通じて、日本の金銀が大量に海外へ流出していることが問題視されていました。特に、オランダとの貿易では、洋銀と日本の金銀との価格差を利用した取引で、金銀が持ち出されていました。また、清との貿易では、輸入品の対価として銀が支払われ、その銀がオランダの中継貿易を通じて海外に流出していました。

新井白石は、この状況を放置すれば日本の金銀が枯渇してしまうという強い危機感を抱き、貿易制限を提案しました。白石が幕府に提出した調査報告では、過去60年間で金239万7600両、銀37万4200貫が海外に流出したとされ、さらに100年間では、日本で産出した金の4分の1、銀の4分の3が流出したとされています。

海舶互市新例成立までの道のり

白石は当初、より厳しい貿易制限を盛り込んだ「宝永新例」を提案しましたが、長崎奉行の強い反対により実現しませんでした。長崎奉行は、白石の提案が現実を無視したものであると批判し、従来の貿易規制でもオランダや清の船舶は苦しんでいること、金銀以外の代替品による輸出規定を廃止することで、かえって金銀の流出が増加すると指摘しました。長崎奉行に派遣された大岡清相でさえ、白石の提案を無謀であると諫言したとされています。

これらの反発を受け、白石は内容を修正し、現実的な貿易統制を目指した海舶互市新例を制定しました。この新例は、貿易制限だけでなく、信牌制度の導入や長崎奉行所の改革を通じて密貿易の防止を図るものでした。

海舶互市新例の意義

海舶互市新例は、一面では保守的な改革でしたが、同時に貿易の維持を求める内外の要望と現実に即した改革であったとも評価できます。白石の意図は、金銀の流出防止を名目としつつ、実際には銅の輸出を抑制して貨幣価値の安定を図ること、そして貿易を抑制することで、前将軍綱吉時代の放漫な財政と奢侈な風潮を改め、儒学が理想とする抑商・農本主義路線への回帰を図ることにあったと考えられています。

海舶互市新例を巡る誤解

白石が提出した報告書では、金銀の海外流出量が強調されていますが、実際には、中国商人が金を持ち込むことで、流出した金の6割以上が再び日本に流入していました。また、白石の報告書は100年単位での金銀流出量を誇張しており、実際には直近20年間では金銀の大量流出は起きていませんでした。このため、白石の報告は、貿易制限を正当化するための意図的な主張であったという見方もあります。

まとめ

海舶互市新例は、江戸時代の貿易政策における重要な転換点であり、新井白石の思想と当時の社会情勢が複雑に絡み合って成立した法令です。この法令は、日本の財政や経済に大きな影響を与え、その後の鎖国体制下における貿易のあり方を大きく変えることになりました。

参考資料

中江克己『徳川将軍百話』河出書房新社、1998年3月。ISBN 4-309-22324-9
太田勝也『鎖国時代長崎貿易史の研究』思文閣出版、1992年2月。ISBN 4-7842-0706-6

関連項目

糸割符
相対売買法
貨物市法
御定高制度
長崎会所
箇所銀

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