深井克美

深井 克美

深井克美（ふかい かつみ、1948年3月9日 - 1978年12月16日）は、北海道函館市に生まれた洋画家です。波乱に満ちた生涯と、それに反するかのような静謐かつ強靭な表現を持つ作品は、夭折の画家として今なお多くの人々の心を捉えています。

壮絶な生い立ちと病との闘い

1948年、函館市に赤崎宗一郎、千枝子夫妻の長男として生を受けた深井は、3歳を過ぎた頃に妹が生まれた直後、結核により父親を亡くします。母親は妹を養子に出し、克美を連れて上京。女手一つでの生活は厳しく、さらに克美自身も父親から結核に感染し、脊椎カリエスを患うという苦難が重なりました。

1954年、母子共に旧姓の深井に復し、豊島区池袋モンパルナス・さくらが丘パルテノンとして知られる芸術家が多く集まる地域に住みます。1959年にはカトリックの洗礼を受け、ペテロという洗礼名を授かりました。

小学校を卒業後、千早中学校に入学しますが、病状が悪化し、肺門リンパ腺結核や腎臓結核などの治療のため都立清瀬小児病院に入院。院内の分教室に転校して療養に励み、カリエスはほぼ治癒しましたが、脊椎のわずかな変形という後遺症が残りました。

芸術への目覚め

退院後、千早中学校に復帰しますが、その後、中野区へ転居し、中野区立第十一中学校へ転校。この中学時代に美術とクラシック音楽に関心を持つようになります。翌年中学を卒業し、東京都立杉並工業高等学校工業化学科へ進学。高校時代には画家の道を本格的に意識し始めました。

1968年、高校卒業後、母校で実習助手として勤務する傍ら、画家・西八郎の作品《食事のあと》（当時の目録では《食卓》）に深い感銘を受け、西に師事します。西の徹底した細密描写は、後の深井の作品にも色濃く影響を与えました。同年夏には母と共に函館に赴き、生涯でただ一度の帰郷と、妹・由利との最初で最後の対面を果たしています。

画家としての活動と評価

1969年から約一年半、目黒の鷹美術研究所で絵画を学び、1970年からは師である西が勤務する武蔵野美術学園絵画教室夜間部に入学しました。翌年には手続きをするものの、後に自然退学しています。

画家として大きな転機を迎えたのは1972年、第36回自由美術展に《作品1》が初入選し、佳作作家に選ばれたことです。翌年の第37回展では《バラード》と《黄昏》の入選により、異例の速さで自由美術協会の会員に推挙され、以後、毎年同展に出品を続けました。1973年には中野から埼玉県入間市に転居しています。この頃から、入間市や所沢市のカトリック教会の神父たちに深く信頼を寄せました。

1976年頃、自宅近くの米軍ハウスをアトリエとして借り、制作に打ち込みます。1977年8月には画業に専念するため高校の実習助手を退職。所沢カトリック教会やアトリエで絵画教室を開くなど、自立して生計を立てようと努めました。1977年10月の自由美術協会展では《オリオン》《冬》を発表。そして1978年3月には、東京・銀座のシロタ画廊で初めての個展を開催しました。

短すぎる生涯の終焉

代表作の一つである《ランナー（未完）》の制作中であった1978年12月16日、深井克美は練馬区のマンションから投身自殺を図り、搬送先の病院で同日、わずか30歳で死去しました。自殺の直接的な原因は不明のままです。現在、深井は1982年に亡くなった母・千枝子と共に、東京カテドラル聖マリア大聖堂に眠っています。

没後の顕彰と作品の継承

深井の死後、その才能を惜しむ人々によって顕彰活動が進められました。1979年5月には、師であった西八郎らが『深井克美遺作小品展』を開催しましたが、その西も展覧会中に倒れ、間もなく亡くなるという悲劇が続きました。同年、第43回自由美術展で深井に「靉光賞」が授与され、坂崎乙郎氏の企画による『深井克美遺作展』も開催。藤林叡三氏らの尽力により、他の場所でも遺作展が開催されました。

1980年には、深井が参加していた同人誌の仲間たちが、手作りの私家版作品目録を刊行しました。坂崎乙郎氏は、深井作品を収集家・植木正心氏に紹介し、植木氏は1982年に深井作品を中心とした植木美術館を開館します。この美術館は2001年に閉館しましたが、所蔵されていた深井作品は秋山コレクションへと引き継がれました。また、栃木県立美術館にも坂崎氏の紹介で作品が収蔵されています。

母・千枝子の没後、遺作は一旦散逸の危機に瀕しましたが、藤林叡三氏の尽力で妹・由利氏が一括して相続し、1982年に北海道立近代美術館へ41点が寄贈されました。これらの作品は、生地である函館での公開のため、北海道立函館美術館へ管理替えされたものもあります。

北海道立近代美術館は、1983年に「未完のランナー 深井克美展」を開催し、確認されたほぼ全ての遺作を展示。その後も北海道立函館美術館、北海道立旭川美術館、練馬区美術館などで深井の作品を紹介する展覧会が開催されています。2019年には北海道立近代美術館で「生誕70年・没後40年 深井克美展 未完のランナー、再び」と題した大規模な展覧会が開催され、多くの関係資料と共に深井の生涯と作品が深く掘り下げられました。

美術界以外でも、日本のロックバンド、bloodthirsty butchersのアルバムジャケットに《ランナー（未完）》が使用されるなど、その表現はジャンルを超えて影響を与え続けています。また、近年でも深井を知るための座談会やコレクション展が開催されており、その存在は忘れられることなく語り継がれています。

代表作品

《作品1》1972年（北海道立近代美術館蔵）
《バラード》1973年（北海道立近代美術館蔵）
《黄昏》1973年（北海道立近代美術館蔵）
《彼岸へ》1973年（北海道立近代美術館蔵）
《タキオン》1974年（北海道立函館美術館蔵）
《無題》1975年（北海道立函館美術館蔵）
《旅への誘い》1975年（北海道立近代美術館蔵）
《マキ》1975年頃（北海道立近代美術館蔵）
《2時37分》1976年（北海道立近代美術館蔵）
《オリオン》1977年（秋山コレクション）
《ランナー（未完）》1978年（北海道立近代美術館蔵）

関連書籍

『深井克美 作品集』（深井克美遺作展実行委員会、1979年）
『深井克美作業目録』（伊藤容人編、私家版、1980年）
『未完のランナー 深井克美展』（北海道立近代美術館、1983年）
『北海道近代美術館編 ミュージアム新書［14］ 深井克美 - 未完のランナー -』（柴勤著、北海道新聞社、1994年）
『深井克美展－夭折の画家・その魂の記録』（北海道立旭川美術館、1993年）
『ねりまの美術‘98 神田日勝 深井克美展』（練馬区美術館、1998年）
『オリオン 深井克美☆全画業』（正木基編、北海道立近代美術館編集協力、現代企画室、2019年）

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