清円院

戦国時代から安土桃山時代にかけての女性に、清円院（せいえんいん）がいます。彼女は弘治2年（1556年）に生まれたと推定され、天正7年3月24日（1579年4月19日）に亡くなったと伝わっています。越後国の戦国大名、上杉景虎の正室（継室）として歴史に名を残しています。

清円院は、越後の有力な武将であった長尾政景と、その正室で上杉謙信の実姉にあたる仙洞院との間に生まれました。彼女には、後に上杉家の当主となる上杉景勝という弟（史料によっては兄とも記されています）がいました。生きていた時の名前は明らかになっていませんが、死後に付けられた法名「華渓正春大禅定尼」にちなんで、俗に華渓院（かけいいん）とも呼ばれています。また、鎌倉の明月院には、「清円院殿貞鏡尼公」と記された位牌が現在も伝わっており、彼女の存在を確認することができます。

清円院の生涯における大きな転機は、元亀元年（1570年）に訪れました。長年にわたり敵対関係にあった越後の上杉氏と相模の北条氏の間で、和睦と友好関係を築くための同盟、「越相同盟」が成立したのです。この同盟の証として、相模国の北条氏康の子である三郎が、上杉謙信の養子として越後へ送られました。清円院は、叔父にあたる上杉謙信の意向により、この北条三郎に嫁ぐことになります。三郎は越後入り後、名を上杉景虎と改め、上杉家の一員となりました。

翌年には、夫である上杉景虎との間に嫡男・道満丸が誕生しました。新しい命の誕生は、夫婦にとって大きな喜びであったことでしょう。しかし、その後の上杉家、そして清円院の人生は激動を迎えることになります。

天正6年（1578年）、上杉謙信が急逝すると、後継者を巡る争いが勃発しました。謙信には実子がいなかったため、彼の養子であった清円院の夫・上杉景虎と、清円院の実弟（または兄）である上杉景勝の間で、上杉家の家督を巡る激しい抗争が始まりました。これが「御館の乱（おたてのらん）」として知られる内乱です。

清円院は、夫・景虎とともに、上杉氏の本拠地である春日山城の近くにあった御館に籠もって、景勝方と戦うことになりました。彼女は夫を支えながら、敵対する相手が実弟（または兄）という、極めて複雑で辛い立場に置かれました。

乱は長期化し、翌天正7年（1579年）に入ると、景勝軍の猛攻により御館はついに落城します。夫・景虎は絶望して自害しようとしますが、清円院は彼を諭し、御館から脱出させました。しかし、清円院自身は、実弟・景勝からの降伏の勧めを断固として拒絶します。そして、御館に残り、自らの命を絶ったと伝えられています。これは、夫への忠誠、実家との間の板挟み、そして時代の波に翻弄された女性の悲壮な決断であったと言えるでしょう。

ただし、清円院の最期については別の見方もあります。諸系図に記されている彼女の没日が3月24日とされていることから、御館が落城し、景虎が脱出したとされる時期とは少しずれが生じます。このため、彼女は御館ではなく、夫・景虎が最後に逃げ延びた鮫ヶ尾城（さめがおじょう）で、夫と共に最期を迎えた可能性が高いとする説も存在します。御館での自害か、鮫ヶ尾城での夫との最期か、その正確な場所は定かではありませんが、彼女が御館の乱の終結という悲劇的な局面で命を落としたことは確かです。

清円院、あるいは華渓院として、彼女は戦国時代の権力争いの犠牲となった女性の一人として、後世の多くの作品に描かれています。NHK大河ドラマ「天地人」では「華姫」として登場し、漫画、ゲーム、書籍などでも彼女の生涯が取り上げられています。短いながらも波乱に満ちた彼女の人生は、激動の時代における女性たちの生き方や、時代の悲劇を今に伝えています。

もう一度検索