湖東焼

湖東焼：幻の陶磁器、その華麗なる興亡と復興

湖東焼（ことうやき）は、江戸時代後期に近江国彦根藩（現在の滋賀県彦根市周辺）で生まれた陶磁器です。琵琶湖の東岸地域を指す「湖東」の名を冠し、その歴史は華麗さと悲劇、そして現代における復興への道のりで彩られています。

湖東焼の誕生と発展

湖東焼の歴史は、1829年（文政12年）に呉服商・絹屋半兵衛が有田から陶工を招き、芹川沿いの晒山に「絹屋窯」を開いたことから始まります。当初は伊万里焼の技術を取り入れ磁器を生産しましたが、試行錯誤の末、佐和山で採取される物生山石や敏満寺山の粘土を使用することで、湖東焼独特の淡緑色を出すことに成功しました。染付、錦手、金襴手などの華麗な装飾が施された文房具、茶器、飲食器などが生み出され、「沢山」「湖東」の銘で近江国内や京、大坂で販売されました。

1842年（天保13年）には、その品質の高さから彦根藩の直営となり、第14代藩主・井伊直亮、続く第15代藩主・井伊直弼の庇護のもと最盛期を迎えます。絹屋半兵衛は創業の功績により、伊藤の名字を許されました。

悲劇的な衰退

しかし、1860年（安政7年）の桜田門外の変で井伊直弼が暗殺されると、彦根藩内の情勢は一変し、職人たちが次々と離散してしまいます。残ったわずかな地元出身の職人だけでは窯を維持できず、藩窯はわずか2年後に閉鎖されました。その後、民窯として細々と生産が続けられましたが、1895年（明治28年）までに全ての窯が閉じられ、湖東焼は一度完全に途絶えてしまいました。

現代に蘇る幻の陶磁器

幻となった湖東焼の復興に情熱を注いだのが、滋賀大学教授の小倉栄一郎でした。彼は湖東焼の窯跡発掘や試作を愛好家とともに行い、その技術と美を蘇らせようと尽力しました。また、彦根城博物館建設を機に彦根市役所に転籍した谷口徹も、井伊家伝来の美術工芸品の調査から湖東焼に興味を持ち、作品の目録化や現存品の調査、窯跡の発掘調査などに取り組みました。瀬戸焼や伊万里焼からの技術的影響の研究も進められました。

これらの活動が実を結び、「湖東焼復興推進協議会」が設立され、1986年（昭和61年）には1世紀ぶりに試作に成功しました。信楽焼窯元の家に生まれた陶芸家・中川一志郎が再興を手掛けました。1990年（平成2年）には彦根城博物館が「湖東焼窯跡」の報告書を刊行し、1994年（平成6年）には御用窯の焚き口や房の床面が確認され、翌年には登り窯の4室が新たに出土し、その規模が確認されました。

2005年（平成17年）には、NPO法人「湖東焼を育てる会」が発足し、登り窯の再現を目指した工事が進められ、2007年（平成19年）に火入れが行われました。こうして、湖東焼は人々の情熱と努力によって、現代に再び息を吹き返したのです。

湖東焼は、その短い歴史の中で、高度な技術と華麗な装飾を特徴とする陶磁器として名を馳せました。そして、一度は途絶えながらも、多くの人々の手によって現代に復興を遂げた、まさに「幻の陶磁器」と呼ぶにふさわしい存在です。

もう一度検索