源氏物語における写本記号

源氏物語写本記号：多様な写本を識別する体系

源氏物語の研究においては、膨大な数の写本や版本が存在するため、それらを効率的に管理・識別する体系が必要不可欠です。そこで用いられるのが、写本記号です。本稿では、源氏物語の写本を特定するために用いられる写本記号について解説します。

写本記号の概要

写本記号は、通常、写本名の一文字（多くは冒頭）を略号として用いる一文字の漢字で構成されます。これは、池田亀鑑による校本作成作業において、西洋の正文批判の手法を取り入れる過程で用いられるようになったものです。『校異源氏物語』や『源氏物語大成』といった主要な校本では、この体系が広く採用されています。

しかし、写本記号は学会で公式に定められたものではないため、文献によって異なる記号が用いられる場合もあります。同じ写本に複数の記号が用いられたり、逆に同じ記号が複数の写本を指したりするケースも存在します。そのため、写本記号を使用する際には、常にその文献における凡例を確認する必要があります。

主要な校本における写本記号

以下、主要な校本における写本記号の例を示します。それぞれの校本で、写本記号の割り当てや使用法に違いが見られる点に注意が必要です。

『源氏物語大成』

『源氏物語大成』校異編では、青表紙本、河内本、別本といった系統別に写本が分類され、それぞれの写本に一文字の記号が割り当てられています。例えば、青表紙本系統では「定」（定家本）、「大」（大島本）、「横」（横山本）などが用いられています。河内本系統や別本系統でも同様に、それぞれの写本に記号が割り当てられています。巻頭には、その巻で用いられている写本とその記号が明記されています。

特筆すべきは、同じ「大」という記号が、古代学協会所蔵の「大島本」と中京大学所蔵の「大島河内本」の両方に用いられている点です。これは、異なる写本に同じ記号が用いられる例の一つです。

『源氏物語別本集成』

『源氏物語別本集成』では、『源氏物語大成』と同様の記号が用いられることもありますが、高松宮家本が「宮」から「高」に変更されているなど、若干の違いが見られます。また、巻ごとに用いられている写本とその記号が示されますが、巻頭以外の箇所で全体を網羅した凡例は存在しません。

『源氏物語別本集成 続』

『源氏物語別本集成 続』では、『源氏物語別本集成』の記号を基本的に踏襲していますが、前田家蔵言経本のように、記号に変更が加えられている例もあります。

『河内本源氏物語校異集成』

『河内本源氏物語校異集成』では、『源氏物語大成』校異編で使用されている写本については、全て同じ記号が使用されています。

『定家本源氏物語校異集成（稿）』及び『別本源氏物語校異集成（稿）』

加藤洋介氏の『河内本源氏物語校異集成』に準拠した校異集成の稿本においても、写本記号が用いられています。これらの稿本では、『源氏物語大成』の青表紙本校異及び別本校異に収められた伝本の略号が示されています。

その他の校本

『日本古典文学大系源氏物語』や『日本古典文学全集源氏物語』など、他の校本でも独自の記号体系が用いられており、それらの文献における凡例を参照する必要があります。

写本記号の注意点

前述の通り、写本記号は必ずしも統一されておらず、文献によって異なる場合があります。そのため、写本記号を用いる際には、常にその文献における凡例を確認し、使用されている記号の定義を正確に把握することが重要です。特に、同じ写本に複数の記号が用いられたり、同じ記号が複数の写本を指したりするケースには注意が必要です。

二文字の写本記号

混同を防ぐため、宮内庁書陵部蔵三条西家本と日本大学蔵三条西家本のように、二文字の記号（例：「書三」、「日三」）を用いることもあります。

結論

源氏物語の写本記号は、膨大な写本を効率的に管理・識別するための重要なツールです。しかし、その使用法には注意が必要であり、常に文献の凡例を確認することが不可欠です。本稿が、源氏物語研究における写本記号の理解の一助となれば幸いです。

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