炎上 (映画)

映画『炎上』：美と狂気の映像叙事詩

1958年に公開された映画『炎上』は、三島由紀夫の長編小説『金閣寺』を原作とし、市川崑監督が映像化した作品です。大映が製作し、主演は時代劇スターとして名を馳せていた市川雷蔵が務めました。

制作の背景

プロデューサーの藤井浩明は、当時の日本映画界に新風を吹き込みたいと考え、『金閣寺』の映画化を企画しました。市川崑監督は当初、原作の文学性の高さから映画化は不可能と考えましたが、藤井の熱意に打たれ、監督を引き受けることになります。

しかし、金閣寺側からの反対や、主演の変更など、数々の困難に見舞われました。それでも市川監督は、タイトルや寺の名前を変更することで金閣寺側の了承を得て、製作を進めていきました。

脚本制作も難航しましたが、三島由紀夫から提供された「『金閣寺』創作ノート」を参考に、市川監督と脚本家の和田夏十（市川崑の妻）は脚本を完成させました。

キャスティング

当初、主人公の青年僧役には川口浩が予定されていましたが、大映社長の意向により、市川雷蔵が起用されることになりました。時代劇スターである雷蔵の起用には社内外から反対意見もありましたが、市川監督は雷蔵の新たな可能性に賭けました。

雷蔵自身も、時代劇のイメージを脱却し、新しい役に挑戦したいという意欲を持っており、吃音症の青年という難しい役どころに果敢に挑みました。その結果、雷蔵は数々の主演男優賞を受賞し、俳優としての評価を確立しました。

相手役には、新劇俳優の仲代達矢が起用されました。市川監督は、雷蔵の演技を現代劇に活かすため、仲代達矢を対照的な存在としてぶつけました。

映像美

市川崑監督は、映画をモノクロームで撮影し、画面サイズをシネスコにすることを希望しました。モノクロームにすることで、人物の心理的リアリズムを強調し、主人公の孤独な内面をシュールな方法で表現することを狙いました。また、シネスコにすることで、画面の空間を最大限に活用し、奥行きのある映像を作り出すことを目指しました。

撮影は、名カメラマンの宮川一夫が担当しました。宮川は、市川監督の意図を汲み取り、卓越した撮影技術で映画の映像美を支えました。特に、日本海側の風景は、色をつけると厳しさが出ないと考え、曇りの日にロケ撮影を敢行したり、崖に墨汁を撒いて黒を強調するなど、様々な工夫を凝らしました。

炎上シーンの特撮

金閣寺の炎上シーンは、特撮技術を駆使して撮影されました。大覚寺の池のほとりに原寸大のセットを建て、嵐山の川の中州には2分の1のミニチュアが作られました。ミニチュアを燃やし、ハイスピードで撮影することで、迫力のある炎上シーンを再現しました。

夜空に火が燃え上がるシーンでは、ミニチュアを一度派手に燃やしたところ、火の粉が桂離宮の方まで飛んでしまい、桂離宮からひどく怒られてしまったというエピソードも残っています。

音響効果

音楽は、黛敏郎が担当しました。黛は、全編にわたって声明を主体とした劇伴を作曲しましたが、市川監督は「もっと現代的にしてほしい」と要望し、黛と激しい議論を交わしました。最終的には、タイトルバックのみに声明入りの劇伴を使用するという妥協案に落ち着きました。

あらすじ

驟閣寺（金閣寺がモデル）の徒弟である溝口吾市は、吃音症に悩む青年です。彼は、美しい驟閣に憧れを抱きながらも、世の中の醜さや矛盾に苦悩しています。ある日、溝口は驟閣に放火し、逮捕されます。映画は、溝口が放火に至るまでの経緯を回想する形で展開されます。

評価と影響

『炎上』は、市川崑監督の代表作の一つとして高く評価されています。また、市川雷蔵も、その演技力を高く評価され、数々の賞を受賞しました。映画は、ロンドン映画祭やベニス国際映画祭にも出品され、海外でも高い評価を得ました。

『炎上』は、三島由紀夫の文学作品を映画化した作品の中でも、特に評価が高い作品です。また、白黒シネスコによる映像美は、映画史に残る傑作として、後世に語り継がれています。

市川雷蔵は本作での演技が評価され、その後も三島由紀夫原作の映画『剣』に主演するなど、三島作品との縁を深めていきました。三島由紀夫自身も『炎上』を高く評価しており、自作の映画化作品の中で最も出来栄えが良かったと語っています。

『炎上』は、日本映画史における重要な作品として、これからも多くの人々に愛され続けることでしょう。

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