犬追物

犬追物（いぬおうもの）

犬追物は、日本における伝統的な弓術の一種で、鎌倉時代にその起源を持つとされています。この技術は、流鏑馬や笠懸と並び、騎射三物の一つとして位置付けられています。犬追物は、競技を通じて弓の技術を磨くことが目的であり、武士たちの武芸を高める重要な方法でもありました。

競技のルールと作法

犬追物の競技では、まず40間四方の平坦な競技場（馬場）を設けます。そこに36騎の騎手（3組の12騎）、2騎の検分者（通称「検見」）、2騎の喚次、そして150匹の犬が投入され、所定の時間内に騎手が何匹の犬を射るかを競います。この競技では、通常の矢の代わりに「犬射引目」と呼ばれる特殊な鏑矢が使用され、矢が犬に貫通しないように工夫されています。

犬の命中に関しては、ただ矢を当てるのではなく、相撲の技のように打ち方や命中する位置が評価され、いくつかの技が存在しました。このため、複数の判定者が必要とされ、競技の公平性が保たれました。

歴史的背景

犬追物の存在が文献に初めて登場するのは、1207年の『明月記』に記録があります。以降、室町時代にかけて、この競技は盛んに行われ、特に諏訪大社や下鴨神社、上賀茂神社などでは神事の一環として多くの観客を集めました。さらに、上賀茂神社での様子は「賀茂競馬犬追物図屏風」に描かれるなど、文化的にも重要な役割を果たしていました。

当時、日本各地で行われていた犬追物は、他の動物を対象とした同様の競技（例えば牛を狙う「牛追物」など）も存在しましたが、犬を追う競技は唯一生き残った形になりました。このことから、全国各地に残る犬馬場や犬射馬場といった地名は、犬追物が行われていたことを示す証拠です。

歴史を遡ると、北条氏最後の当主である北条高時が犬追物に夢中になりすぎた結果、政治をほったらかしにし、鎌倉幕府の滅亡を招いたという逸話も存在します。戦国時代に入ると、犬追物の作法を保持していた有力な守護大名たちが次々と滅び、江戸時代においてこの伝統を継承できたのは、島津氏や小笠原氏、細川氏の数家に限られていました。

江戸時代以降の犬追物

江戸時代においても、犬追物は島津藩内で特別な行事として続けられており、特に世子の元服などの慶事に行われました。また、藩主の島津光久が徳川家綱のために興行を行うなど、幕末まで続く伝統がありました。明治時代に入ってからは衰退しましたが、明治12年（1879年）には上野公園で島津忠義が明治天皇の前で犬追物を披露しました。この際、訪日中のグラント米国前大統領も見学に訪れたといいます。さらに、明治24年（1891年）には、ロシア皇太子ニコライが見学した際のエピソードも残されています。

現代の犬追物

現在、犬追物の伝統は、島津家に関する史料や小笠原流を通じて受け継がれていますが、実際に復興されるには至っていません。日本の伝統的な弓術の一つである犬追物は、弓道や騎射と同様、武道の精神を大切にする文化の一部として位置づけられています。

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