騎射

騎射とは

騎射（きしゃ）とは、馬に騎乗した状態から弓で矢を射る技術のことです。これに対し、地面に立って矢を射ることを歩射（ぶしゃ）と呼びます。騎射は、狩猟において非常に重要な技術であり、そのため遊牧民の間で特に発達しました。

騎射の歴史

騎射の起源は紀元前8世紀頃のスキタイ人に遡ると考えられています。遊牧民であるスキタイ人は、常に移動しながら生活し、馬に乗って他の民族と戦っていました。このような生活環境の中で、騎射は自然な必要性から開発・発展しました。騎射の技術は、中央アジアの遊牧民の間で急速に広まり、フン人、アヴァール人、マジャル人などの騎馬遊牧民に取り入れられました。その後、モンゴル人にも伝わり、古代世界に広く普及しました。

古代において、騎馬遊牧民の騎射術は定住民にも大きな影響を与えましたが、彼らは常に移動していたため、その実態は詳しく解明されていません。騎射は、スキタイ文化の初期から存在し、その疾走する馬上から矢を射るという特異性から、古代ギリシア人はケンタウロスを想像したという説もあります。

スキタイ人は、上下がやや非対称の短弓の両端に硬い『耳』を取り付け、鏃を大きな鉄製から小さなブロンズ製にすることで、フン人の弓に優位に立ちました。トルコ人は、さらに軽量でコンパクトな弓を用い、矢は両端が細く中央部に膨らみを持たせた形状にすることで、飛翔力を高めました。モンゴル人は、さらに『ストリングブリッジ』を設けるなど、弓の性能を高め、重装騎兵団に対してより有効な戦力として騎射を活用しました。

戦場における騎射

戦場において、弓騎兵の主な役割は、軽騎兵と同様に、前哨や斥候として敵を攪乱することでした。弓騎兵は接近戦を避けながら、敵の側面や後方から素早く急襲しました。そのため、軽装備で高い機動力を持ち、馬を止めることなく前進、後退、左右へと絶え間なく動き回りながら、弓矢で敵を攻撃する戦術をとりました。敵の武器が届かない距離を保ちながら攻撃することで、敵の士気を奪い、隊列を乱すことができました。

弓騎兵は、特に気温が高く木の無い平坦な地域において、重装歩兵に対して大きな脅威となりました。弓騎兵に対抗できるのは、弓矢や弓騎兵のみでした。「パルティアンショット」は、敵と相対せずに退却しながら矢を射続ける戦術であり、ヨーロッパ人に広く知られていました。

歴史的な戦いでは、『カルラエの戦い（紀元前53年）』や『ワールシュタットの戦い（13世紀）』で弓騎兵が中心的な役割を果たし、敵兵が弓騎兵との直接戦闘に固執したために勝利を収めました。西欧の重装歩兵は機敏な弓騎兵に苦戦し、東方諸国の弓騎兵は十字軍に対して多くの戦果を挙げました。

遊牧民の弓騎兵に勝利した欧州国家は数少なく、『ヤクサルテス川の戦い（紀元前329年）』ではアレクサンドロス3世（大王）が弓騎兵を打ち破った数少ない事例です。しかし、アレキサンドロス3世でさえ、遊牧国家の中心部を攻略することはできませんでした。中世の『ハッティンの戦い』では、弓騎兵が重装歩兵に対して執拗な攻撃を仕掛け、敵の戦意を喪失させることで勝利しました。チンギス・ハーンは、モンゴル弓を用いた弓騎兵を擁し、巨大なモンゴル帝国を築き上げました。

日本における騎射

日本では、古墳時代以降、古代東北地方に住んでいた蝦夷（えみし）の騎射術と、弥生時代から続く長弓術を組み合わせた特徴を持つ騎射術が発達しました。高い難易度のため、習得には特別な訓練が必要でした。蝦夷は短弓を用いた騎射をしていたと考えられ、日本へ馬や騎馬術が伝わったのと同時に騎射の技術も伝わった可能性があります。

日本へ馬が導入されたのは古墳時代の5世紀初期と言われており、古墳から甲冑、直刀、鏃、馬具などが同時に出土するようになりました。神事である流鏑馬（やぶさめ）は、古くは馬的射（むまゆみいさせ）、騎射（むまゆみ）、矢馳せ馬（やはせむま）などと呼ばれていました。朝廷の行事として、端午の節句には天皇が武徳殿で騎射を披露する「騎射の節」が行われていました。

文献においては、『日本書紀』の雄略天皇記に騎射の記述があり、雄略天皇が皇位継承候補であった市辺押磐皇子を狩猟に誘い、偽って射殺したという話が記録されています。この記述から、5世紀にはすでに騎射の技術が存在していたことがわかります。流鏑馬の起源は、6世紀中頃に欽明天皇が国の内外の戦乱を治めるため、九州豊前の宇佐の地で、神功皇后・応神天皇を祀り、最も騎射に長じた者に馬上から的を射させた神事が始まりとされています。天武天皇9年（682年）には、天武天皇が長柄神社で流鏑馬を催し観覧したという記録があります。

平安時代から鎌倉時代にかけて、騎射は戦闘の中心となり、鐙は踵まで足全体で踏み込めるように進化し、鎧は騎射に特化した形状の大鎧が用いられるようになりました。戦では騎射による一騎打ちが行われたと考えられていますが、実際には集団戦の中で条件が整う場合にのみ行われました。文献では、『今昔物語集』に源充と平良文が騎射による一騎打ちを行ったという記述があり、『前九年合戦絵巻』には一騎打ちの直前の絵が描かれています。

騎射には、静止した馬上から矢を放つ場合と、馬を走らせた状態で矢を放つ場合があり、基本的には前方方向への騎射でした。後方からの前方射撃に対処するために「押し捻り」というパルティアンショットに似た後方射撃も用いられました。平安時代以降、流鏑馬、犬追物、笠懸などの騎射様式が整理され、神事や祭礼行事として行われるようになりました。鎌倉時代には、流鏑馬、犬追物、笠懸は「騎射三物」と称され、各地で盛んに行われました。騎射は武芸の中でも上位のものとされ、戦場での主戦力でなくなった後も、泰平の江戸時代においても武芸としての地位を保ち続けました。

海外における騎射

古代中国では、武官の登用制度である武科挙において、騎射と歩射の実技試験が行われていました。

参考文献

近藤好和『騎兵と歩兵の中世史』株式会社吉川弘文館、2005年

外部リンク

Kassai lovasíjászat
武田流弓馬道（大日本弓馬会：鎌倉）公式ページ
武田流騎射流鏑馬保存会（熊本）公式ページ
小笠原流弓馬術礼法公式ページ

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