笠懸

笠懸（かさがけ）は、疾走する馬上から的に鏑矢（かぶらや）を放ち、射抜く日本の伝統的な騎射の技術、稽古、儀式、様式です。流鏑馬（やぶさめ）と比較されることが多いですが、笠懸はより実戦的で、標的も多彩であるため、技術的な難易度が高いとされています。しかし、格式としては流鏑馬よりも略式であり、余興的な意味合いが強いとされています。流鏑馬、犬追物（いぬおうもの）と並んで、騎射三物（きしゃみつもの）と称されました。現在では、笠掛とも表記されます。

歴史

笠懸の起源は明確ではありませんが、文献上では、1057年に平定家（たいらのさだいえ）の『定家朝臣記（ていかあそんき）』に記述が見られます。この記述によると、京都の木津河畔で、源頼俊（みなもとのよりとし）の家人が行ったとされています。また、同時代の藤原明衡（ふじわらのあきひら）が著した『新猿楽記（しんさるがくき）』にも記述があります。後世、源頼朝（みなもとのよりとも）が始めたとする説が広まりましたが、これは誤りです。

初期の頃は、垜（あずち）にかけた綾藺笠（あやいがさ）を的に、余興や遊戯として行われていました。その後、直径約55cmの木枠に牛革を張り、中に綿、毛、藁などを入れてクッション状にしたものが的として用いられるようになりました。矢は、蟇目矢（ひきめや）を使用します。

笠懸は、戦場での騎射や狩りなど、実戦で確実に標的に当てるための稽古として、また余興や騎射の腕を競う勝負事として、独自の発展を遂げました。儀礼的な側面が強い流鏑馬とは対照的です。平安時代から盛んになり始め、鎌倉時代に最盛期を迎えました。この頃には、犬追物、流鏑馬と並んで「騎射三物」と称され、各地で行われました。

室町時代に入ると、幕府の衰退とともに次第に衰退していきました。江戸時代中期には、徳川吉宗（とくがわよしむね）によって復興が見られましたが、明治維新以降は再び衰退しました。

現在では、武田流（たけだりゅう）や小笠原流（おがさわらりゅう）などが、それぞれの流派に伝わる作法に則って保存しています。上賀茂神社（かみがもじんじゃ）の笠懸神事、三浦の道寸祭り、みどり市笠懸などで、その様子を見ることができます。

文献での登場

笠懸は、様々な文献に登場します。

『武用辨略（ぶようべんりゃく）』には、「建仁四年二月十二日 愛甲望月海野等が遠笠懸を射」という記述があります。
『高倉院厳島御幸記（たかくらいいんいつくしまごこうき）』には、「（治承四年四月）五日 頼盛の家にて、かさがけやぶさめなどつかまつらせて御覧ぜさす」という記述があります。
『笠懸記（かさがけき）』には、「右大将家の御時にもろもろ作物品々遊されき、中にも遠笠懸、此御代より始れり」という記述があります。
『貞丈雑記（ていじょうざっき）』には、「笠掛は、頼朝の時始る由、笠懸聞書に見へたれども非也。寛治六年二月八日 加波多河原に於て、笠懸射させられたる事、中右記に見へたり」という記述があります。

馬場・装束

笠懸の馬場は直線で、長さは約109mです。馬の走路は疏（さぐり）と呼ばれ、両脇に埒（らち、馬場の柵のこと）が設けられます。馬場のスタート地点から約71mの地点、進行方向左手側に的が設置されます。

装束は、直垂（ひたたれ）などに行縢（むかばき）を着けますが、袖はくくりません。射籠手（いごて）も着用しません（現在では着用することがあります）。流鏑馬のように笠をかぶることはなく、烏帽子（えぼし）をかぶります。これは、かつて自分の笠を的にしていたことに由来します。

種類・様式

笠懸には、的の形状や目的、様式によっていくつかの種類があります。

遠笠懸（とおかさがけ）
いわゆる一般的な笠懸で、直径約55cmの円形の的を、馬場から約11.35m〜22.7m離れた場所に設置します。的は一つで、大きめの蟇目鏑を付けた矢を用います。遠くの的を射ることから「遠笠懸」と呼ばれます。
小笠懸（こかさがけ・おがさがけ）
遠笠懸を射た後、馬場を逆走して射る笠懸です。一辺が約12cm〜24cm四方の木製板を竹竿に挟み、馬場から約2.3m離れた場所に立てて設置します。地上から低く設置されるため、騎手からは足元に的が見えます。小さめの蟇目鏑を付けた矢を用います。小さな的を射ることから「小笠懸」と呼ばれます。
籤笠懸（くじかさがけ）
検見役や日記役を置き、勝負事として行われる笠懸です。籤を引き、籤が同じだった者同士で射中数を競い合います。
神事笠懸（しんじかさがけ）
神社の祭礼や神事として執り行われる笠懸です。鹿や鶉、魚類などを的にし、神社へ奉納します。
百番笠懸（ひゃくばんかさがけ）
祈願や報賽として行われる笠懸です。一人の射手が百回射ることから「百番笠懸」と呼ばれます。
七夕笠懸（七度笠懸）
七夕に行事として行われた笠懸です。的を七度射るか、七カ所の的を一度ずつ射ます。
挟物（はさみもの）
竹竿に扇などを挟み、的として射る笠懸です。余興的な側面が強いとされます。


笠懸は、日本の伝統的な騎射文化を代表する一つであり、現在もその技術や様式が継承されています。

主な流派

小笠原流
武田流

関連項目

騎射三物
犬追物
流鏑馬

関係する武術や武道

弓術
弓道
馬術
和弓
ゆがけ
打毬

もう一度検索