犬鳴

福岡県宮若市犬鳴地区：歴史と文化、そして水没の記憶

犬鳴（いぬなき）は、福岡県宮若市に位置する地区です。かつては犬鳴谷村という集落が存在しましたが、犬鳴ダムの建設により、その大部分が水没しました。現在では無人地帯となっていますが、その歴史は深く、様々な産業や文化が育まれてきました。

犬鳴谷村の歴史

犬鳴谷村は、1691年（元禄4年）から1889年（明治22年）まで、筑前国鞍手郡に存在した村です。犬鳴ダムの建設以前は、「火平（ひのひら）」または「大河内」と呼ばれていましたが、福岡藩の御譜代組足軽たちが移住してきてから、「犬鳴山」または「犬鳴谷」と呼ばれるようになりました。

江戸時代中期以降、犬鳴地区は木炭や和紙の製造、オタネニンジンの栽培、銅鉱山の開発、藩札原紙の製造、藩営蹈鞴製鉄事業、製陶など、産業に特化した地域として発展しました。特に和紙は、朝倉地方で生産されていた上座紙と共に鞍手紙と称され、幕府への献上品となるほどの名産品でした。

また、福岡城の出城とされた犬鳴山御別館跡も残されており、江戸時代中期以降の歴史を今に伝えています。宮若市文化財収蔵・展示・交流センター「宮若トレッジ」では、犬鳴たたら遺跡から出土した貨幣が展示されており、その中には、九州での出土例がほとんどない宝永通宝も含まれています。

犬鳴足軽と武士の暮らし

犬鳴谷には、江戸時代から明治初期にかけて犬鳴谷庄屋兼足軽組頭を務めていた篠崎家の墓地があります。墓石は倒壊し荒れ果てていますが、武士階級にしか許されていなかった院号居士や院号大姉の戒名が付けられた立派なものが多数あり、犬鳴谷が苗字帯刀などを許されていた士分扱いの上級足軽たちの集落だったことを示しています。

犬鳴の各家には、福岡藩庁から貸与を受けていた御貸具足・藩候紋入り陣笠・鉄砲・刀槍などが残されていました。1868年（明治初年）には、篠崎・渡邊の両家は士族、他の各戸は卒族に編入されましたが、1872年（明治5年）の卒族制廃止と同時に、犬鳴卒族は福岡県庁から強制的に平民籍に編入されました。

犬鳴小学校と子供たちの暮らし

1872年（明治5年）には、犬鳴谷村唯一の教育機関として、民家を借りた寺子屋式の小さな学校が設立され、1885年11月（明治18年）に犬鳴小学校という名称が付けられました。犬鳴小学校は、1966年（昭和41年）に吉川小学校に併合され、90年余りの歴史を閉じました。

犬鳴小学校の子供たちは、自然に恵まれた環境の中で、様々な遊びを通して学びました。山や川での遊びが中心で、魚釣りや魚すくい、小鳥罠掛け、いちご採り、ウベやアケビ採りなどを楽しんでいました。ホタルの時期になると、夜釣りの餌にホタルを針につけて魚釣りを楽しんでいたそうです。

犬鳴ダム建設と水没

犬鳴地区は、犬鳴ダムの建設によって、そのほとんどがダムの底に沈みました。ダム建設に伴い、住民は移住を余儀なくされ、犬鳴谷村は地図から姿を消しました。

現在、犬鳴ダムの周辺は親水公園として整備され、かつての犬鳴谷村を偲ぶことができます。日原神社は、ダム建設による水没を避けるため、宮若市脇田に移転されました。本殿と鳥居は、犬鳴谷村時代とほぼ同じ形で復元されています。

都市伝説と犬鳴村

都市伝説に犬鳴村伝説というものがありますが、この伝説に登場する犬鳴村は実在するものではなく、犬鳴谷村の実情を反映したものでもありません。犬鳴谷村は、福岡藩の足軽たちが移住し、独自の文化を育んだ歴史ある集落です。

犬鳴地区は、ダム建設によって水没しましたが、その歴史と文化は、今も人々の記憶の中に残っています。親水公園を訪れれば、かつての犬鳴谷村の風景を想像し、その歴史に触れることができるでしょう。

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