猿ヶ馬場峠

猿ヶ馬場峠

猿ヶ馬場峠（さるがばんばとうげ）は、長野県千曲市と東筑摩郡麻績村の境に位置する峠です。標高は964メートル。現在は国道403号線が峠を越えています。

地理

地理的には、三峰山の西側斜面と聖山の東側斜面が接する鞍部に位置しています。峠の南北どちら側も、信濃川水系に属する河川の源流域となっています。峠の南側には、聖湖（別名：猿が番場池）と呼ばれる湖があり、その周辺にはキャンプ場やスキー場が整備され、別荘地も広がっています。

歴史

歴史的には、かつて『善光寺西街道』あるいは『北国西街道』と呼ばれた古道の難所として知られ、信濃国と越後国を結び、善光寺への重要な参詣路の一つでした。特に、麻績宿と桑原宿の間では最も越えるのが困難な峠道だったと伝えられています。

この峠道は、古代の東山道から派生した道の一つと考えられており、そのルートは時代と共に変遷したと見られています。当初は冠着山古峠を通っていたものが、平安時代末期から鎌倉時代頃に一本松峠へと移り、さらに戦国時代になって現在の猿ヶ馬場峠が主要なルートとなったと考えられています。

峠の名前については二つの説が伝えられています。一つは、戦国時代に武田信玄の命令を受け、配下の武将である馬場美濃守（ばばみののかみ）がこの道を開発・整備したことに由来するという説。もう一つは、当時この峠周辺に多くの猿が生息し、群れをなしていたことから名付けられたという説です。

この道は、長野盆地（北信）と松本盆地（中信）を結ぶ重要な交通路として、古くから物資の輸送はもちろん、多くの文人墨客や武人たちが往来しました。そのため、様々な民話や伝説に彩られた歴史深い場所でもあります。

戦国時代の末期、1582年（天正10年）には、この峠を舞台にした悲劇的な出来事が記録されています。武田家を滅ぼして信濃国を支配下に置いた織田信長は、家臣の森長可（もりながよし）を海津城（現在の松代城）に入れて北信濃の統治にあたらせました。しかし、芋川氏や信濃島津氏といった地元の勢力がこれに反抗し、長沼城や大倉城などに籠城して抵抗しました。森長可はこれらの勢力を破り、籠城していた千人余りの人々を人質として海津城に連行し、さらに越後国への侵攻を進めようとしていました。しかし、その最中に本能寺の変が起こり、後ろ盾である織田信長を失った森長可は、支配地の土豪たちの反撃に遭います。窮地に陥った森長可は、海津城から人質を連れて撤退を開始し、追撃を逃れるためにこの猿ヶ馬場峠までたどり着きました。そして、ここで連れてきた人質全員を惨殺し、さらに越後方面へ逃亡したと伝えられています。この事件は、今も峠に伝わる悲話として語り継がれています。

森長可の逃亡後、北信濃は上杉景勝（うえすぎかげかつ）の支配下に入りました。上杉氏は峠の北側、麓の稲荷山に城（後の清野城）を築き、配下の清野氏にこの峠を守らせたといいます。これは、南からの後北条氏や徳川氏の侵攻に備えるためであり、峠周辺の佐野山城や龍王城では激しい攻防戦が繰り広げられたという伝承も残っています。

江戸時代になると、松代藩は通行する旅人の安全を確保するため、峠道に三軒の茶屋を置いたと伝えられています。宮下、松崎、大井と呼ばれるこれらの家には、それぞれ千坪もの山野が与えられ、茶屋を営む傍ら、山賊から旅人を守る役目を担っていたと言われています。

近代においても、この峠の所属を巡る問題がありました。元禄時代（1688年〜1704年）頃から、峠を挟む旧八幡村（現在の千曲市の一部）と麻績村の間で村境に関する争いが続いていたのです。この境界争いは、明治時代に入り、1895年（明治28年）に行われた郡界更正によって一応の決着を見ましたが、実際に峠の頂上に両村による村境を示す石碑が建てられたのは、さらに後の1936年（昭和11年）になってからのことでした。

このように、猿ヶ馬場峠は、地理的な要衝であると共に、善光寺西街道の歴史、戦国時代の悲劇、江戸時代の宿場の役割、そして近代の行政 boundary など、様々な時代の物語が刻まれた場所です。現在は国道が整備され、比較的容易に越えられるようになりましたが、古道の面影をたどり、歴史と自然に触れることができる場所として、多くの人々に知られています。

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