猿之助十八番

猿之助十八番（えんのすけ じゅうはちばん）とは、歌舞伎役者である三代目市川猿之助が、1988年（昭和63年）に選定した澤瀉屋（おもだかや）・市川猿之助家の代表的なお家芸演目群を指します。これは、歴代の市川猿之助が継承・上演してきた膨大な作品の中から、特に重要なものや、埋もれていた名作を現代に蘇らせる目的で選び出されたものです。

この十八番の選定における最大の特徴は、歌舞伎本来の姿の一つである「通し狂言」の復活に重点が置かれている点です。江戸時代や明治時代に創作された長大な物語を持つ作品は、本来であれば幕開きから大詰まで全編を通して上演されるべきですが、時代の変化と共に部分的な上演が主流となっていました。三代目猿之助は、これらの作品に大胆かつ革新的な演出を施し、現代の観客にもその壮大な世界観と物語の面白さを伝えることに成功しました。これにより、忘れられかけていた多くの傑作が再び脚光を浴びるようになりました。

最初に選ばれた18作品の中には、通し狂言の復活という特色からやや趣を異にするものも含まれていました。例えば、『義経千本櫻』の一部である『忠信編』は全編を通すものではなく、また『ヤマトタケル』は三代目猿之助自身が創作した全く新しいスーパー歌舞伎でした。

しかし、三代目猿之助はこれらの選定を固定せず、自身の活動や創作の進展に合わせて見直しを行いました。2000年（平成12年）には、当初の18作品の中から『義経千本櫻・忠信編』と『ヤマトタケル』を外し、代わりに『太平記忠臣講釈』（たいへいき ちゅうしん こうしゃく）と『四天王楓江戸粧』（してんのう もみじの えどぐま）の二作品を加える改訂を発表しました。

さらにその後、2010年（平成22年）には、この猿之助十八番を発展的に解消し、自身が手掛けた古典の復活上演、新たな演出を加えた作品、スーパー歌舞伎や新作舞踊など、より幅広いジャンルを網羅した「猿之助四十八撰」を新たに選定しました。猿之助十八番は、この後継となる四十八撰の基礎を築いた、三代目猿之助の芸術活動における重要なマイルストーンと言えるでしょう。

猿之助十八番として最初に選定された18作品は以下の通りです。

『金門五山桐』（きんもん ごさんの きり）
『義経千本櫻・忠信編』（よしつね せんぼん ざくら・ただのぶ へん）
『金幣猿島郡』（きんのざい さるしま だいり）
『加賀見山再岩藤』（かがみやま ごにちの いわふじ）
『南総里見八犬伝』（なんそう さとみ はっけんでん）
『小笠原諸礼忠孝』（おがさわら しょれいの おくのて）
『雙生隅田川』（ふたご すみだがわ）
『君臣船浪宇和島』（きみはふね なみの うわじま）
『慙紅葉汗顔見勢』（はじもみじ あせの かおみせ）
『二十四時忠臣]』（じゅうにとき ちゅうしんぐら）
『出世太閤記』（しゅっせ たいこうき）
『獨道五十三驛』（ひとりたび ごじゅうさんつぎ）
『天竺徳兵衛新噺』（てんじくとくべい いまよう ばなし）
『當世流小栗判官』（とうりゅう おぐり はんがん）
『御贔屓繋馬』（ごひいき つなぎうま）
『菊宴月白浪』（きくのえん つきの しらなみ）
『ヤマトタケル』
『重重人重小町櫻』（じゅうにひとえ こまち ざくら）

これらの作品を通じて、三代目市川猿之助は澤瀉屋の芸を現代に継承・発展させ、多くの観客を魅了しました。猿之助十八番は、その後猿翁十種や澤瀉十種、そして猿之助四十八撰へと繋がる重要な位置を占めるものです。

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