玃猿

玃猿（かくえん）――中国の伝説に彩られた謎の生物

玃猿は、中国の古代より伝わる伝説上の動物です。別名として玃（かく）、猳国（かこく）、馬化（ばか）など複数の名称で呼ばれており、その正体は謎に包まれています。多くの文献に登場する玃猿は、サルに似た姿で、特に人間の女性をさらうという特徴が強調されています。

古典籍における玃猿

玃猿の記述は、中国の古典籍である『本草綱目』や『抱朴子』、『捜神記』、『博物志』などに散見されます。

『本草綱目』では、玃猿はサルよりも大型であり、老いたサルが玃猿へと変化すると記されています。その体毛の色は青黒く、人間のように二足歩行し、人や物をさらう習性があるとされています。また、玃猿はオスしか存在せず、メスを求めて人間の女性を拉致し、子供を産ませると伝えられています。

『捜神記』や『博物志』では、玃猿は蜀の西南地方の山中に生息し、身長約1.6メートルにも達すると記されています。人間が近づくと、匂いを嗅ぎ分けて女性をさらって妻とし、子を産ませるのだとか。子供を産まない女性は山を降りることが許されず、長年を過ごせば玃猿と完全に同化してしまうとされています。子を産んだ女性は子供と共に里へ帰されますが、子供を育てない女性は死んでしまうため、女性は恐怖から子供を育てることを強いられるのです。玃猿との間に生まれた子供は人間とほぼ同じ姿で育ち、成人すれば見分けがつかないほどになるといいます。しかし、玃猿の姓が分からないため、子供たちは「楊」という仮の姓を名乗るようになり、蜀の西南地方に多い「楊」姓の人々は、玃猿の子孫であるという伝承が残っています。この特徴から、玃猿は中国の未確認動物である野人と同一視されることもあるようです。

南宋時代の小説集『夷堅志』に収録されている「渡頭の妖」という物語では、夜な夜な川を渡る人を背負って運ぶ男が登場します。その正体は玃猿であり、男を川に投げつけたところ、玃猿の姿に変身したという恐ろしい話が伝えられています。

玃猿と類似の伝説

『神異経』には、玃猿とは逆にメスしかおらず、人間男性を捕らえる「𧳜」という生物が登場します。これは玃猿と行動が非常に似ていることから、関連があると推測されています。

日本における類似例：黒ん坊

日本でも江戸時代には玃猿の存在が信じられており、『和漢三才図会』や『享和雑記』といった文献に、日本の妖怪「黒ん坊」との関連性が示唆されています。『和漢三才図会』では、飛騨・美濃地方の深山に生息する黒ん坊を「玃の属だろうか」と記し、黒く大きなサルのような姿で、人語を解し、人の心を察知して逃げるため捕まえることができないとされています。『享和雑記』では、黒ん坊が人間の女性に近づくという話や、その正体に関する考察が記されています。鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』にも、玃猿の姿が「覚」として描かれています。

ただし、黒ん坊と玃猿を完全に同一視することはできないという指摘もあります。両者の関連性については、さらなる研究が必要でしょう。

結論

玃猿は、中国の古典籍に記された謎めいた伝説上の動物です。その特徴や生態は様々であり、複数の文献から得られる情報にも食い違いが見られます。しかし、人間の女性をさらうという共通点は、その不気味なイメージを強く印象づけています。中国の未確認動物との関連性や、日本の妖怪との類似点も興味深く、玃猿の謎は現代においても多くの研究者を惹きつけています。今後の研究により、玃猿の正体やその起源が明らかになることを期待したいところです。

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