玉葉和歌集

玉葉和歌集（ぎょくようわかしゅう）

『玉葉和歌集』は、鎌倉時代後期の勅撰和歌集であり、京極為兼によって編纂されました。その収録歌数は約2800首と、勅撰和歌集中で最大規模を誇ります。この和歌集は、当時の和歌界に新風を吹き込んだ京極派の歌風を色濃く反映していることで知られています。

編纂の背景

鎌倉時代後期、和歌の世界は旧態依然とした状況にありました。そうした状況に疑問を抱いた京極為兼は、和歌における心の尊重と言葉の自由を主張し始めます。その主張は、伏見天皇やその側近の文芸愛好家グループに受け入れられ、京極派和歌が誕生するきっかけとなりました。

伏見天皇の在位中、勅撰和歌集の撰集が試みられましたが、この時は実現に至りませんでした。しかし、花園天皇の即位後、伏見上皇が再び政治の実権を握ると、京極派主導による勅撰和歌集の撰集計画が再始動しました。

編纂を巡る対立

京極為兼が主導する京極派の和歌は、当時の和歌の常識から大きく逸脱していたため、保守的な人々から強い批判を浴びました。特に、和歌の家として知られる二条為世は、為兼が勅撰和歌集の撰者となることに強く反発し、為兼との間で激しい論争が繰り広げられました。しかし、最終的には伏見上皇の院宣により、為兼が単独で勅撰和歌集を撰集することが決定しました。

玉葉和歌集の特徴

京極為兼によって撰ばれた勅撰和歌集は、『玉葉和歌集』と名付けられました。全20巻からなり、収録された歌数は約2800首と、勅撰和歌集の中でも最大規模を誇ります。その歌数の多さは、玉葉集の欠点として指摘されることもありますが、構成的には古代から編纂当時までの歌人を網羅し、和歌史の中に位置づけるような意図が感じられます。もちろん、京極派の歌風を和歌史に位置づけることも意識されています。

京極派主導の勅撰和歌集としては、後に『風雅和歌集』が編纂されましたが、観応の擾乱の影響により京極派は衰退してしまいます。そのため、明治時代初期まで二条派が歌壇を支配し、『玉葉和歌集』や『風雅和歌集』は異端視される時代が長く続きました。しかし、近代に入ると再評価が進み、特に自然をありのままに詠んだ歌が高く評価されるようになっています。

編纂の経緯

京極為兼は、当時の和歌が形式や技巧に偏り、心の表現が軽視されている状況に疑問を抱いていました。そのため、歌を詠む際には心の動きを重視し、表現方法も自由であるべきだと主張しました。その主張は、伏見天皇をはじめとする持明院統の宮廷に受け入れられ、新たな和歌の創造へと繋がっていきます。

伏見天皇の勅命により、二条為世、京極為兼、飛鳥井雅有、九条隆博の4名に勅撰和歌集の撰集が諮問されました。しかし、歌を撰ぶ範囲を巡って為世と為兼の意見が対立し、最終的には為兼の意見が採用されることになりました。もっとも、この時の勅撰和歌集は、為兼の失脚や伏見天皇の譲位などにより、実現には至りませんでした。

雌伏の時を経て

流罪となった為兼と、政治の実権を失った伏見上皇を中心とするグループは、和歌の研究に励み、京極派の歌風を磨き上げました。為兼の赦免後、伏見上皇らの歌合で京極派の和歌は花開き、為兼自身も触発されて和歌に精進しました。

その後、伏見上皇は、再び勅撰和歌集の編纂を目指しますが、またもや二条為世との間で激しい対立が起こります。しかし、最終的には為兼が単独で勅撰和歌集を撰集することになり、『玉葉和歌集』が完成しました。

内容と構成

『玉葉和歌集』は、全20巻からなり、春、夏、秋、冬、賀、旅、恋、雑、釈教、神祇といった部立で構成されています。その特徴として、四季や雑の歌の比率が高く、恋の歌の比率が低いことが挙げられます。また、序文がないことも特徴の一つです。

収録されている歌は、伏見上皇、藤原定家、西園寺実兼、京極為兼など、様々な歌人の作品が収められています。京極派の歌風を反映した歌が多く収録されている一方で、過去の歌人の作品も積極的に取り入れられており、和歌史全体を視野に入れた構成となっています。

構成の工夫

『玉葉和歌集』は、その構成にも工夫が凝らされています。例えば、各巻の巻頭歌には、その巻の内容を象徴するような歌が選ばれています。また、四季や恋、雑といった部立では、最初の歌と最後の歌に関連性を持たせるなどの工夫も見られます。

京極派の新風

『玉葉和歌集』には、京極為兼が提唱した心の尊重と言葉の自由を重視する京極派の歌風が色濃く反映されています。京極派の歌は、技巧に偏らず、自然や感情をありのままに表現することが特徴です。また、観念を直接的に詠み上げたり、心理分析的な恋歌を詠んだりするなど、多様な表現が見られます。

埋もれていた傑作の発掘

『玉葉和歌集』の評価を高めている要因の一つに、これまで埋もれていた傑作和歌を積極的に発掘した点が挙げられます。例えば、万葉集を代表する天智天皇の歌や、建礼門院右京大夫の星を詠んだ歌などが収録されています。

京極派のまなざし

『玉葉和歌集』には、京極派以外の歌人の作品も多く収録されています。撰者である京極為兼は、京極派の視点から、同時代の歌や過去の歌を選び出し、独自の構成で和歌集を完成させました。その結果、『玉葉和歌集』は、京極派の歌風を前面に押し出した、特色ある勅撰和歌集となりました。

当時の批判

『玉葉和歌集』は、当時の歌壇の中心であった二条派からは異端視され、激しい批判を受けました。例えば、『歌苑連署事書』では、和歌集の名前や巻頭歌、収録された歌などが厳しく批判されています。しかし、これらの批判は、当時の和歌の主流から外れた京極派に対する反発であり、言いがかりに近いものも少なくありません。

風雅和歌集への道

京極為兼の失脚後、京極派は一時衰退しますが、花園天皇や永福門院らの尽力により、その歌風は受け継がれていきます。そして、京極派の歌風は、花園法皇監修、光厳上皇親撰による『風雅和歌集』の編纂へと繋がっていきました。

異端視された玉葉、風雅集と近代以降の研究と復権

『風雅和歌集』の完成後、京極派は衰退し、二条派が歌壇を支配する時代が長く続きました。そのため、『玉葉和歌集』や『風雅和歌集』は異端視され、評価されることはありませんでした。しかし、近代に入ると再評価が進み、正岡子規や与謝野鉄幹らによってその価値が見出されるようになりました。特に、折口信夫は『玉葉和歌集』や『風雅和歌集』を激賞し、短歌の本質が完成されていると評価しました。

伝本

『玉葉和歌集』には、複数の伝本が存在します。これらの伝本は、大きく分けて武雄市教育委員会蔵鍋島文庫本、宮内庁書陵部蔵禁裏本の系統と、宮内庁書陵部蔵飛鳥井雅章筆本、宮内庁書陵部蔵吉田兼右筆本の二系統に分けることができます。これらの伝本を比較すると、撰集初期の形態を留めていると考えられるのは、武雄市教育委員会蔵鍋島文庫本、宮内庁書陵部蔵禁裏本の系統であり、整理、推敲を経て最終的に宮内庁書陵部蔵飛鳥井雅章筆本、宮内庁書陵部蔵吉田兼右筆本の形態になったと考えられています。

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