田辺治

田辺 治

田辺 治（たなべ おさむ）は、1961年1月4日に誕生し、2010年9月28日にその生涯を終えた、日本の高所登山界を代表する登山家です。極めて難易度の高い冬季登攀や、未踏のルート開拓に積極的に取り組み、8000メートル峰9座の登頂を果たすなど、輝かしい記録を残しました。

愛知県名古屋市で生を受けた田辺氏は、愛知県立刈谷高等学校を経て信州大学農学部へと進みます。大学在学中に山岳部に所属したことが、彼のその後の人生を決定づけることになります。学生時代の1982年には、ネパールのガネッシュヒマールⅡ峰（7,111m）登攀を成功させ、これが彼のヒマラヤにおける挑戦の始まりとなりました。その後、生涯で計25回にも及ぶヒマラヤ遠征に参加し、世界の高峰に挑み続けました。

彼の登山スタイルにおける最大の特徴は、その挑戦的なアプローチです。単に多くの山頂を目指すだけでなく、冬期における極寒での登攀や、他の登山家がまだ足を踏み入れていない未踏のルートからの挑戦を好みました。特に重要な功績として、1993年にはエベレスト（8,848m）の冬季南西壁からの世界初登頂を成し遂げました。また、1997年には、世界で2番目に高い山であるK2（8,611m）を、西稜から西壁へと続く未踏の難ルートから初登頂するという快挙を達成しています。

略歴に記された主な8000メートル峰の登頂は以下の通りです（冬季、未踏ルートなど難易度の高い登攀を含む）。

ガッシャーブルムII峰（8,035m、パキスタン、1990年）※無酸素
ブロード・ピーク（8,047m、パキスタン、1993年）
チョ・オユー（8,201m、チベット、1993年、2001年）
エベレスト（8,848m、ネパール、1993年）※冬季南西壁世界初
マカルー（8,463m、チベット、1995年）※東稜未踏ルート初登頂
K2（8,611m、パキスタン、1997年）※西稜から西壁未踏ルート初登頂
ガッシャーブラムI峰（8,068m、パキスタン、2002年）
シシャパンマ（8,008m/8,027m、チベット、2003年中央峰、2006年主峰）
ナンガパルバット（8,126m、パキスタン、2005年）

これらの8000メートル峰に加え、7000メートル級の未踏峰や未踏ルートにも数多く成功しています。ラプチェカン（7,367m、チベット、1987年）、ギャジカン（7,038m、ネパール、1994年）、ラトナチュリ（7,035m、ネパール、1996年）といった未踏峰への初登頂や、ネムジュン西壁（7,137m、ネパール、2009年）の未踏ルート初登攀などが挙げられます。旧ソ連邦の高山であるコルジェネフスカヤ、コミュニズム（現イスモイル・ソモニ峰）、レーニン峰といったパミールの高峰にも登頂しています。

特に田辺氏の業績として高く評価されているのが、2006年12月に挑戦したローツェ（8,516m）南壁の冬季初登攀です。残念ながら体力の消耗により登頂は断念しましたが、世界屈指の難ルートであるローツェ南壁を冬期に攻略しようとしたこの試みは、高所登山界に大きなインパクトを与えました。この功績が認められ、2008年には日本山岳会東海支部冬季ローツェ南壁登山隊の一員として、登山界で最も権威ある賞の一つである秩父宮記念山岳賞を受賞しています。

周到な計画と準備を行う「慎重な登山家」として知られていた田辺氏ですが、2010年9月28日、パキスタンにあるダウラギリI峰（8,167m）のノーマルルートを下山中に、他の登山家と共に雪崩に巻き込まれ遭難しました。共に被災した他の登山家の一人の遺体は発見されましたが、田辺氏本人の遺体は現在も見つかっていません。状況から、雪崩による死去と判断されています。

登山家としての活動に加え、日本ヒマラヤ協会の理事、日本山岳会東海支部長、スポニチ登山学校の講師など、登山界の要職を歴任し、後進の育成や登山技術の普及にも尽力しました。彼の情熱と経験は、日本の高所登山界に多大な貢献をもたらしました。数々の困難な挑戦を成功させた卓越した技術と精神力は、今なお多くの登山家に影響を与え続けています。

関連書籍

山森欣一著『欣ちゃんの山一辺倒』（アテネ書房）
尾形好雄著『ヒマラヤ初登頂　未踏への挑戦』（東京新聞出版局）
信州大学学士山岳会編『山と共に人と共に 田辺治追悼集』（信州大学学士山岳会）

関連項目

登山家
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角谷道弘
花谷泰広

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