男はつらいよ 旅と女と寅次郎

『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』

1983年8月6日に封切られた、山田洋次監督による人気シリーズ「男はつらいよ」の記念すべき第31作目。主人公の車寅次郎が、旅先で偶然出会ったワケありの女性と心を通わせる物語は、時にコミカルに、時にホロリと観る者の心に響きます。

物語の始まり

物語は、寅次郎の奇妙な夢から始まります。天保年間に佐渡金山で一揆を起こした「柴又の寅吉」が、時代劇風の世界で役人に捕まるという荒唐無稽な内容です。現実の柴又では、小学校の運動会を前に活気づいていました。久々に実家である「とらや」に帰ってきた寅次郎は、お土産の「たたみいわし」を手に皆を喜ばせます。甥の満男は、父・博と運動会に行く約束をしていましたが、博は仕事でどうしても行けなくなってしまいます。寅次郎は張り切って自分が父親代わりになると申し出ますが、かえって満男に気を遣わせ、おいちゃんやおばちゃんからは迷惑がられ、いつものように機嫌を損ねて家を飛び出してしまいます。

旅立ちと出会い

当てのない旅に出た寅次郎は、商売のために新潟へ向かい、出雲崎に立ち寄ります。海を隔てて見える佐渡島にふと興味を抱き、ちょうど港にいた漁船の船頭に頼んで、島へ渡らせてもらうことになります。その様子を見ていた一人の女性が、同じように同乗を願います。彼女こそ、過密スケジュールと私生活での失恋に疲れ果て、衝動的に失踪してきた人気演歌歌手、京はるみでした。寅次郎は彼女の正体に気づかぬまま、快く佐渡への船旅を共にします。二人の姿は、偶然通りかかったはるみのファンに目撃されていました。

佐渡に着いた二人は、民宿で共に過ごします。酒を酌み交わすうち、寅次郎ははるみの顔に見覚えがあると感じますが、思い出せません。はるみが身の上話をしようとすると、「ワケのありそうな女の一人旅、くどくど身の上聞くほど野暮じゃねーよ」と寅次郎は話を遮ります。しかし、民宿のおばあさんに頼まれ、彼女が持っていた写真を見た寅次郎は、彼女が京はるみであることを確信します。それでも寅次郎は、はるみの気持ちを慮り、知らないふりを貫くことにします。

束の間の「佐渡の休日」

翌日、寅次郎とはるみは佐渡島を気ままに巡ります。時間に縛られず、風の吹くまま気の向くままに生きる寅次郎との穏やかな旅は、はるみの傷ついた心を少しずつ癒やしていきます。本州へ戻るフェリー乗り場に近づいた頃、はるみは自分を追ってきたプロダクションの社長らが待ち伏せていることに気づき、元の世界へ戻ることを決意します。そのことを寅次郎に告げようとした時、寅次郎が思わず「はるみちゃん」と呼びかけたことで、はるみは寅次郎がずっと自分の正体を知っていたことを悟ります。一人の人間として寄り添ってくれた寅次郎に感謝するはるみは、「行きたくない」と別れを惜しみます。しかし寅次郎は、「あんたのことを待ってる大勢のファンががっかりするよ」と彼女の背中を押し、別れを告げます。はるみは思い出にと指輪を寅次郎に託し、仕事の世界へと戻っていくのでした。

再会、そして別れ

仕事に復帰したはるみは、吹っ切れたように以前にも増して輝きを取り戻します。一方、はるみに心を奪われていた寅次郎は、放心状態でとらやへ戻り、心ここにあらずといった様子です。家族は心配しますが、寅次郎は佐渡で女性と旅をしたことしか語らず、相手が誰かははぐらかします。有名人であるはるみに迷惑がかかることを恐れたためでした。そんなある日、突然、京はるみがとらやを訪れ、柴又は騒然となります。はるみは寅次郎にリサイタルの招待券を渡し、佐渡での寅次郎との旅が支えとなり、別れた恋人との復縁が決まったことを報告します。この言葉に、寅次郎は再び打ちのめされます。はるみは集まった人々のリクエストに応え、『アンコ椿は恋の花』を高らかに歌い上げ、喝采を浴びますが、寅次郎は静かにその姿を見つめるだけでした。

その夜、寅次郎ははるみから貰った切符をさくらに渡し、代わりに花を届けてほしいと頼みます。「どんなに遠い空の下でも、はるみさんの幸せを祈っています」という伝言を残し、寅次郎はまた旅立ちます。後日、さくらたちが見に行ったはるみのリサイタル。はるみは、歌手として充実している一方、一人の女性としての人生に迷いを感じることがあると語ります。そして、佐渡島で出会った、何も聞かずに優しく見守ってくれた男性、寅さんの思い出を胸に、『おんなの海峡』を歌い上げるのでした。その頃、寅次郎は遠く北海道で、いつものように冗談を飛ばしていました。

キャストとスタッフ

出演: 車寅次郎（渥美清）、諏訪さくら（倍賞千恵子）、おいちゃん（下條正巳）、おばちゃん（三崎千恵子）、諏訪博（前田吟）、タコ社長（太宰久雄）、源公（佐藤蛾次郎）、諏訪満男（吉岡秀隆）、京はるみ（都はるみ）、北村社長（藤岡琢也）、御前様（笠智衆）ほか
監督・原作: 山田洋次
脚本: 山田洋次、朝間義隆
音楽: 山本直純

ロケ地

物語の舞台となったのは、主に新潟県各地（小千谷市、中之口村、白根市、味方村、新潟市、出雲崎町）と佐渡島（両津市、小木町）、そして北海道（京極町、留寿都村）です。

エピソードと音楽

本作には、はるみと寅次郎の別れのシーンで、汽笛のために声が聞こえなくなるという演出があり、これは1937年のフランス映画『望郷』へのオマージュとされています。また、劇中ではベルリオーズの『幻想交響曲』、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集『和声と創意の試み』より『秋』、ドリーブのバレエ『コッペリア』よりスワニルダのワルツといったクラシック音楽が効果的に使用されています。

記録と関連事項

公開時の観客動員数は約151万人、配給収入は約10億2千万円を記録しました。同時上映は『いとしのラハイナ』。旅先で身分を隠した有名人と一般人が交流するという点で、しばしば映画『ローマの休日』になぞらえられ、「寅さん版ローマの休日」と呼ばれることもあります。

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