画家マティス (交響曲)

交響曲『画家マティス』 (Mathis der Maler)

パウル・ヒンデミットによって1933年から1934年にかけて作曲されたこの交響曲は、作曲家の主要な作品群の中でも特に重要な位置を占めています。ヒンデミットは同時期に同名のオペラも構想しており、この交響曲はそのオペラから音楽的な素材を抽出し、管弦楽作品として再構成することで生み出された、いわば「姉妹作」と呼べる関係にあります。両作品は並行して作曲が進められました。

作品のタイトルとなっている「画家マティス」とは、16世紀のドイツ・ルネサンス期に活躍した巨匠、マティス・ゴートハルト・ナイトハルトを指します。彼は一般にマティアス・グリューネヴァルト（Matthias Grünewald）の名で広く知られており、20世紀フランスの著名な画家アンリ・マティスとは全く関連がありません。ヒンデミットは、この偉大な画家の生涯、特に激動の時代における芸術家の苦悩や創造の過程に深く共感し、その精神を音楽で表現しようと試みました。

この交響曲は、同名オペラに先立つ形で世に送り出されました。その初演は1934年3月、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団により、当時ドイツ音楽界を代表する指揮者であったヴィルヘルム・フルトヴェングラーのタクトのもとで行われました。しかし、ナチス政権下にあった当時のドイツにおいて、ヒンデミットの芸術は次第に「退廃音楽」と見なされるようになり、この交響曲の初演を巡るフルトヴェングラーとナチス当局との対立は、後に「ヒンデミット事件」として知られる政治問題へと発展しました。この事件は、芸術と政治権力の関係を問い直す歴史的な出来事となりました。

楽曲は全3楽章で構成されています。各楽章には、グリューネヴァルトの代表作である多翼祭壇画「イーゼンハイム祭壇画」（Isenheimer Altar）の場面にちなんだ標題が付されており、視覚芸術からのインスピレーションが音楽に反映されています。

楽曲構成

第1楽章「天使の合奏」（Engelskonzert）

この楽章は、構想されていたオペラにおける前奏曲に相当する音楽です。序奏を伴うソナタ形式で書かれており、冒頭、トロンボーン群によって提示される重厚な第1主題は、ドイツの古い民謡「3人の天使が歌う」（Es sungen drei Engel）の旋律に基づいています。この主題が楽章全体を通じて重要な役割を果たします。続いてフルートやヴァイオリンが奏でる、より抒情的で動きのある第2主題が登場し、豊かな対比を生み出します。

第2楽章「埋葬」（Grablegung）

この楽章は、オペラの第7場、物語の終結部分における間奏曲として位置づけられる音楽です。静謐で厳粛な雰囲気を持つこの楽章は、「イーゼンハイム祭壇画」の「埋葬」のパネルに描かれた、キリストが墓に納められる場面の悲しみや厳粛さを想起させます。短いながらも深い情感を湛えた楽章です。

第3楽章「聖アントニウスの誘惑」（Versuchung des heiligen Antonius）

オペラの第6場、主人公マティスが幻影を見る場面のために書かれた音楽を基に、自由に再構成された楽章です。「イーゼンハイム祭壇画」の同名のパネルに描かれた、聖アントニウスが悪魔たちから苦しみを受ける幻想的な情景が音楽で表現されています。不協和音や力強いリズムが多用され、マティスの内面の葛藤や苦闘、そしてそれを乗り越えようとする意志が劇的に描かれています。

楽器編成

この交響曲は、比較的標準的な二管編成に打楽器が加わったオーケストラで演奏されます。

フルート 2（うち1はピッコロに持ち替え）
オーボエ 2
クラリネット 2
ファゴット 2
ホルン 4
トランペット 2
トロンボーン 3
チューバ
ティンパニ
打楽器奏者 3名
グロッケンシュピール
トライアングル
クラッシュ・シンバル
サスペンデッド・シンバル
スネアドラム
バスドラム
弦五部


演奏時間は約26分です。パウル・ヒンデミットの交響曲『画家マティス』は、単なる管弦楽曲としてだけでなく、絵画や歴史、そして芸術家の苦悩といった多層的なテーマが結びついた、聴き応えのある作品として、今日でも多くの人々に親しまれています。

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