異人

異人：社会の境界と物語の源泉

「異人」とは、文字通り「異なる人」「別人」を意味する言葉です。しかし、その意味は時代や文脈によって多様性を持ち、社会集団の成員とは異なる存在として認識される人物を広く指します。異界の住人、外国の人々、特別な能力や性質を持つ人物、あるいは社会から排除された者など、その対象は多岐に渡ります。本稿では、歴史、文学、民俗学、心理学といった多角的な視点から「異人」という概念を探求し、その多様な意味と社会における役割を明らかにします。

社会における異人の役割

社会集団において、「異人」は共同体の外部から内部へ接触・交渉する存在として捉えられることが多くあります。その存在は、共同体の人々が自分たちと異なる存在との境界線を明確に認識し、秩序ある世界像を構築する上で重要な役割を果たします。

「異人」とされる存在は多様です。「まつろわぬもの」（支配者に反抗する者）、妖怪や怨霊といった「もののけ」、語り部、神や来訪神、宗教者、職人、商人、乞食、旅行者、巡礼者、難民、犯罪者、強制連行された者、被差別民、障害者などが挙げられます。

伝承や物語においては、「異人」は必ずしも負の側面のみを担うわけではありません。福を運んでくる存在として歓迎される（「客人歓待」）一方、禍をもたらす存在として排除されたり、犠牲に供される場合もあります。この相反するイメージこそが、「異人」概念の複雑さを示しています。

文学における異人像

文学作品においては、「異人」は物語の重要な構成要素として頻繁に登場します。『遠野物語』では「異人は山の神」とされ、山男や山女がその役割を担っています。木原泰紀は、オデッセウス、ダンテ、リア王、ロビンソン・クルーソーといった文学の主人公たちを「異人」として捉え、さらに巨人や小人、奇形の人々、ジプシー、物乞い、浮浪者なども社会から排除された「異人」であると指摘しています。

桃尾美佳は、吸血鬼ドラキュラを、前近代的な東方世界から帝国へ訪れる「異人」、そして帝国主義的欲望の鏡像として分析しています。徐忍宇は、文学作品における主人公を多くが「異人」であると見なし、一般の女性や社会的弱者も「異人」として捉えることができます。特に『箱男』の登場人物を「半人半獣」という異人像として分析しています。

物語の発生と異人

木原泰紀は、「まつろわぬもの」、「もののけ」、語り部などを「異人」として位置づけ、「物語」とは元来、異人が異人を語る行為であると主張します。琵琶法師は西洋の盲目の吟遊詩人ホメロスに相当し、道化師としての側面も持ち合わせています。道化師ラヒアはバーソロミューの市を開いた人物であり、この事実は「異人」と芸能の強い結びつきを示唆しています。吟遊詩人を意味する“minstrel”には「道化」の意味が含まれ、「道化が道化の生活を、あるいは異人が異人を語っている」という構図が東洋西洋両方の物語の原初的発生形態として考えられます。

民俗学における異人

民俗学においては、折口信夫による「まれびと」や、岡正雄による季節を定めて来訪する仮面神を「異人」と呼ぶ概念があります。従来の民俗学研究では「異人歓待」や「異人殺し」といった個別事例が中心でしたが、小松和彦は「異人」を以下の四つの類型に分類することで、通文化的分析を可能にしました。

1. 一時的に滞在する人々（遍歴の宗教者、職人、商人、乞食、旅行者、巡礼者など）
2. 定着した人々（難民、商人、宗教者、犯罪者、強制連行された者など）
3. 社会から排除された人々（前科者、障害者など）
4. 間接的にしか知らない人々（外国人、霊的存在など）

「異人」という概念は、ある集団が異質の存在を規定し始めた時に生まれます。

心理学における異人

井上嘉孝は、世界が内部と外部に二分されていた時代には、人々が自らの「影」を「異界」および「異人」として体験していたと指摘しています。「異界」という概念が薄れるにつれて、内面化された「異界」は「無意識」と呼ばれるようになったと考察しています。

歴史的考察

古代日本においては、大和朝廷の支配領域外に居住する異民族も「異人」と呼ばれていました。『大宝律令』には、蝦夷人、肥人、奄美人などが「異人」として記されています。「異人」という用語は、社会集団の境界と内部・外部の区別を明確にする上で重要な役割を果たしていたと言えるでしょう。

「異人」という概念は、社会構造、文化、信仰、そして人間の心理といった多様な側面と深く関わっており、今後も多角的な視点からの研究が求められています。

もう一度検索