百万塔陀羅尼

百万塔陀羅尼とは

百万塔陀羅尼は、奈良時代に制作された百万基の木製小塔（百万塔）に納められた陀羅尼の総称です。これらの小塔は、仏教の教えに基づいて、国家の安寧と人々の幸福を祈願するために作られました。

歴史的背景

764年、恵美押勝の乱で亡くなった人々の菩提を弔い、国家の鎮護を祈願するため、称徳天皇は百万塔の建立を発願しました。これは、塔を建立することで成仏できるという教えに基づいています。この事業は『続日本紀』にも記録されており、770年に完成した百万塔が諸寺に納められたことが記されています。

百万塔の特徴

百万塔は、木製の三重小塔で、塔身と相輪の二つの部分から構成されています。塔身内部には陀羅尼が納められる構造になっています。標準的な大きさは、総高21.2cm、基底部径10.6cm、塔身のみの高さ13.2cmです。塔身にはヒノキが、相輪にはサクラ、サカキなどの広葉樹が使用されています。塔身と相輪は轆轤で挽き、鑿で削って作られました。制作時には、彩色が施されていたものもあり、群青、緑青、朱、黄土色などが確認されています。また、基底部裏面や相輪基底部には、制作年月日や制作者の氏名が墨書されているものもあります。

陀羅尼の特徴

陀羅尼は、幅5.5cm、長さ25cm～57cmの料紙を繋ぎ合わせて経巻にしたもので、紙に包んで塔に納められました。料紙には楮や楮との混合品が用いられ、虫害防止と滲み防止のために黄檗で染められ、膠が引かれています。陀羅尼は印刷物ですが、大量の印刷を可能にするために複数の版や金属版、あるいは木製や銅製のスタンプが用いられた可能性が指摘されています。

陀羅尼の種類

『無垢浄光大陀羅尼経』には、釈尊が婆羅門らに6種類の陀羅尼を説いたとされています。しかし、現存する百万塔陀羅尼には、「根本」「相輪」「自心印」「六度」の4種類しか残っていません。「修造」「大功徳聚」については、存在したかどうかを含めて、まだ結論が出ていません。

印刷技術と新羅の影響

百万塔陀羅尼の木造小塔や印刷技術は、新羅からの影響が考えられます。しかし、百万基もの小塔を規格化して大量生産し、陀羅尼を印刷して納めるという例は、当時の新羅には見られません。また、仏国寺の例は、経典全文を1巻納めただけで、印刷技術を量産に活用した事例ではない点も異なります。新羅で複数の塔に陀羅尼を納める形態が現れるのは、百万塔陀羅尼の約100年後からです。

現存状況

法隆寺には、塔身45,755基分、相輪26,054基分が保存されており、その他、各地の博物館や個人にも分蔵されています。また、平城宮跡からは、未完成のまま遺棄されたものが出土しており、宮内に百万塔工房があったと考えられています。

世界最古の印刷物

百万塔陀羅尼は、長らく世界最古の印刷物として知られていました。しかし、1966年に韓国の仏国寺で発見された『無垢浄光大陀羅尼経』が、百万塔陀羅尼よりも古い可能性が指摘されたため、「制作年代が明確な現存最古の印刷物」となりました。

まとめ

百万塔陀羅尼は、奈良時代の仏教文化と印刷技術を今に伝える貴重な遺産です。その製作背景、技術、そして仏教的な意義は、当時の社会や文化を理解する上で重要な資料となっています。

参考文献

平子鐸嶺『百万小塔肆攷』
李弘植「慶州仏国寺釈迦塔発見の無垢浄光大陀羅尼経」
成田寿一郎「百万塔製作技術の実験的研究1-工作寸法；轆轤の構造・精度と試作；刃物と治具の適用」
中根, 勝編著『百万塔陀羅尼の研究』
高田良信「百万塔」『国史大辞典 11』
法隆寺昭和資財帳編集委員会, 編『法隆寺の至宝　昭和資材帳5　百万塔・陀羅尼経』
森郁夫「百万塔」『日本史大事典 5』
青木和夫; ほか校注『新日本古典文学大系15　続日本紀4』
勝村哲也「『百万塔陀羅尼』の語るところ」
増田, 晴美「静嘉堂文庫所蔵の百万塔及び陀羅尼について」
井上, 和人「木製小塔の製作残材―百万塔製作工房の在処について」
湯浅, 吉美「百万塔墨書銘に見える暦日の問題 : 神護景雲二年三月は大か小か」
湯浅, 吉美「百万塔の思想的背景 : 南都仏教史における位置付けを考える」
勝浦, 令子 著「東アジアの『無垢浄光大陀羅尼経』受容と百万塔」、
宍倉, 佐敏編著『必携古典籍・古文書料紙事典』
笹山晴生、ほか『詳説日本史B』

関連項目

奈良仏教

外部リンク

百万塔 文化遺産オンライン
国立国会図書館デジタル貴重書展>百万塔陀羅尼
百万塔 奈良国立博物館
* 百万塔 京都国立博物館

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