眩惑のブロードウェイ

ジェネシスの6枚目のスタジオアルバム『眩惑のブロードウェイ』(1974年発表)は、バンドにとって初の2枚組作品であり、プログレッシブ・ロック史上に燦然と輝く金字塔と言えるでしょう。このアルバムは、単なる楽曲集ではなく、壮大な物語を軸にしたコンセプトアルバムとして構成されています。物語の主人公はニューヨークに住むプエルトリコ人の少年ラエル。彼は、精神的な旅を通して様々な不思議な生物や出来事に出会い、自己と向き合っていくのです。まるで演劇のような、ドラマチックな展開が聴く者を魅了します。

このアルバム制作は、ジェネシスが即興演奏や実験的な試みを重視した結果、早い段階で2枚組というフォーマットが決定されました。当初はメンバーのマイク・ラザフォードが『星の王子さま』をテーマに提案しましたが、ピーター・ガブリエルの反対により却下。最終的に、ガブリエルが作詞を担当し、彼の創造性は爆発的なエネルギーを放ちます。『ウエスト・サイド物語』や『天路歴程』、映画『エル・トポ』といった作品、そしてカール・グスタフ・ユングやアレハンドロ・ホドロフスキーといった思想家の影響が色濃く反映されています。

アルバムのタイトルにもなっている「ブロードウェイ」という言葉や、歌詞に登場するレニー・ブルース、グルーチョ・マルクス、マーシャル・マクルーハン、ハワード・ヒューズ、クー・クラックス・クランといったアメリカ文化のアイコンにも関わらず、全体的にはイギリス的なテーマが中心で、アメリカ的な風景描写は意図的に排除されている点が興味深いです。ラエルの旅は、彼の内面世界を反映したものであり、アメリカという枠組みには収まらない、普遍的なテーマを扱っていると言えるでしょう。

しかし、この複雑で難解な物語は、よりシンプルな音楽性を志向していた他のメンバーとの間に摩擦を生むことになります。このアルバム発表後のツアー終了後、ピーター・ガブリエルはジェネシスを脱退。この作品が、バンドの方向性の違い、そしてメンバー間の葛藤を象徴的に示す出来事となったことは否めません。

レコーディングは、ウェールズの邸宅「Glaspant Manor」を移動式スタジオとして使用し、ミキシングはロンドンのアイランド・スタジオで行われました。興味深いエピソードとして、隣のスタジオでソロアルバムを制作していたブライアン・イーノが、ガブリエルの依頼を受け、シンセサイザーでボーカルエフェクトを担当しています。この偶然の出会いが、アルバムに独特の雰囲気を与えていると言えるでしょう。

『眩惑のブロードウェイ』のカバーアートは、ヒプノシスが担当。彼らの独特の世界観が、アルバムの複雑で神秘的な雰囲気をさらに際立たせています。全21曲、約90分にも及ぶ大作は、聴く者をラエルの精神的旅へと誘い込み、その難解さ、複雑さ、そして奥深さで、今もなお多くのリスナーを魅了し続けています。複雑な音楽構造、実験的なサウンド、そして深い寓意に満ちた物語は、プログレッシブ・ロックの傑作として、そしてジェネシスの歴史における重要な転換点として、高く評価されています。

参加ミュージシャンは、ピーター・ガブリエル（ボーカル、フルート他）、スティーブ・ハケット（ギター）、トニー・バンクス（キーボード）、マイク・ラザフォード（ベース）、フィル・コリンズ（ドラムス）という、ジェネシスの黄金期を支えたメンバーが勢揃い。彼らの卓越した演奏スキルと、ガブリエルの異才とも言える才能が融合し、他に類を見ない、唯一無二の作品を生み出しました。

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