知的障害者更生施設

「知的障害者更生施設（ちてきしょうがいしゃこうせいしせつ）」は、過去に日本の福祉制度において重要な役割を果たした施設の一つです。かつて「知的障害者福祉法」にその根拠が規定されており、主に18歳以上の知的障害を持つ人々を対象に、地域社会で自立した生活を送るための支援や訓練を提供することを目的としていました。具体的には、社会生活に適応するための能力向上、規則正しい生活習慣の確立、そして就労に向けた職能訓練などが含まれました。

利用対象と施設の形態

この施設を利用するためには、知的障害があると判定され、「療育手帳」の交付を受けている必要がありました。ただし、身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳を合わせて所持している場合でも、それによって施設の利用が不可能になるわけではありませんでした。また、介護保険の被保険者証が交付されたとしても、ただちに老人福祉施設へ移らなければならないという規定もありませんでした。施設の利用者は、会話能力を持つ方から、身辺のことがらを言葉で伝えるのが難しい方まで、非常に多様でした。

知的障害者更生施設には、利用者が自宅から通う「通所施設」と、施設内で生活を送る「入所施設」という二つの形態が存在しました。かつては、これらの施設は社会福祉事業の中でも特に公的な性格の強い「第1種社会福祉事業」に位置づけられていました。2006年に行われた調査によれば、当時、入所施設は約1,500箇所、通所施設は約500箇所、さらに通所施設の分場が約160箇所存在していました。多くの施設では、利用者の活動として自主生産品の製作、農作業、外部からの下請け作業などが行われていました。

制度の変遷：措置から契約へ

知的障害者更生施設の始まりは、1960年に制定された「精神薄弱者福祉法」に基づき、「精神薄弱者更生施設」として位置づけられたことに遡ります。その後、法律名が変更されたことに伴い、1999年 4月1日からは現在の「知的障害者更生施設」という名称に改められました。

制度の初期段階では、「措置制度」が採用されていました。これは、障害を持つ人々が施設を利用する際に、行政である福祉事務所が利用者を特定の施設に「措置」として入所または通所させる仕組みです。利用者は施設の「種類」（入所か通所か）は希望できましたが、実際に利用する具体的な施設は行政が決定していました。施設利用にかかる費用は、利用者の収入に応じて計算された自己負担金を、利用者が行政に納付する形でした。

この「措置」の時代には、施設職員が利用者から「先生」と呼ばれる慣習が見られました。これは、成人施設に先行して設立された知的障害児施設において、職員が学業面の支援なども行っていたことから生まれた呼称が、成人施設にも引き継がれた一因と考えられています。しかし、1998年頃からは、国や自治体が福祉サービスの内容を点検・評価する仕組みを導入し、評価項目の中に「利用者に職員を『先生』と呼ばせない」といった項目が設けられた影響もあり、このような呼称は次第に聞かれなくなりました。現在では、職員も利用者も互いを尊重し、「さん」付けで呼び合うのが一般的です。

2003年には、社会福祉制度全体の構造を見直す「社会福祉基礎構造改革」の一環として「支援費制度」が始まりました。これにより、障害福祉サービスは従来の「措置」から「利用契約」へと大きく転換しました。この制度変更は、サービスを提供する側と利用する側が、より対等な立場で支援・援助を進めることを目指したものです。

支援費制度のもとでは、障害を持つ方自身がサービスを受けたい施設を選択できるようになりました。施設の定員に空きがあれば、利用希望者は施設と直接利用契約を結んでサービスを利用することになったのです。このとき、施設側には原則として利用申し込みを拒否できない「応諾義務」が課せられました。たとえ重度の障害があり入所施設での生活が適切だと思われる場合でも、本人が通所施設を希望すれば、通所施設は定員に空きがあればその希望を断ることはできませんでした。ただし、施設の設備構造上、利用者の障害に対応が困難な場合など、やむを得ない理由がある場合には、サービス利用の申し込みを断ることも認められていました。

施設利用の費用は、行政が障害者の収入額に応じて決定し、「支援費受給者証」に記載されました。利用者はその額を施設に直接支払う「応能負担」の方式となりました。

また、入所施設については、かつては一度入所すれば一生そこで暮らすという意識が、利用者やその家族だけでなく施設側にも強くありました。しかし、契約制度が導入され、利用者に施設を選ぶ権利が与えられたことで、「通過施設」という考え方が関係者の間で広まりました。これは、入所した施設を終身の場所とせず、そこで必要な訓練（日常生活動作から職業訓練まで）を受け、将来的には施設を出て地域にあるグループホームなどで生活したり、自宅から通所施設へ通ったりすることを目指すべきだ、という考え方です。

新制度への移行と現在の役割

2006年 4月1日に施行された「障害者自立支援法」（現在の法律名は「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」）により、知的障害者更生施設は2012年 3月31日までに新しい障害福祉サービス体系へ移行することが義務付けられました。この期限までに移行しなかった施設は、行政上は「旧法知的障害者更生施設」と呼ばれ、提供されるサービスも「旧法サービス」として扱われました。

新しい制度下でのサービス利用費用は、利用者が受けたサービスの総額の1割、または障害者の収入に応じて定められた上限額のうち、低い方の額が自己負担額となり、行政が決定して「障害福祉サービス受給者証」に記載されました。利用者はこの額を施設に直接支払う「応益負担」の方式がとられています。

新体系サービスへ移行した更生施設は、現在「指定障害者支援施設」や「指定障害福祉サービス事業者」といった名称で呼ばれています。事業区分も原則として「第2種社会福祉事業」に該当しますが、施設への入所支援と他の施設障害福祉サービスを合わせて提供する場合は、引き続き「第1種社会福祉事業」に該当します。

新しいサービス体系のもとでは、施設の利用者は、自分自身の個別のニーズや目標に合わせて必要なサービスを自由に選択して利用することになります。例えば、入所施設を利用する方の場合、日中の介護が必要なら「生活介護サービス」、夜間の支援が必要なら「施設入所支援サービス」を選びます。生活スキルの自立を目指すなら日中に「生活訓練サービス」、将来的な就職を目指すなら「就労移行支援サービス」などを選択し、夜間は「施設入所支援サービス」や、将来的には地域にあるグループホーム・福祉ホームなどでの生活を目指す、といった柔軟な利用が可能です。通所施設を利用する方であれば、日中の介護が必要な場合は「生活介護サービス」を選択します。福祉サービスを受けながら働くことを希望する場合は、日中に「就労継続支援（非雇用型）サービス」を利用します。就職を目指したい場合は、「就労移行支援サービス」などを選択することになります。

かつて知的障害者更生施設として機能していた施設の中には、「独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園」のように、早期に新しい障害福祉サービス体系へ移行し、重度の知的障害者に対する多様なサービス提供の拠点となっている施設もあります。その他にも、滝乃川学園、ポレポレ苑、旭川荘、札幌報恩学園などが、知的障害者福祉の分野で長く活動し、知られている代表的な施設として挙げられます。

知的障害者更生施設は、社会制度の変化に伴いその名称や位置づけを変えながらも、知的障害を持つ人々の自立や社会参加を支援するという重要な役割を担ってきました。現在、その機能は多くの場合、「指定障害者支援施設」などの新しい名称のもとで引き継がれ、利用者の多様なニーズに応じた柔軟なサービス提供が行われています。

もう一度検索