石井宗謙

石井宗謙（いしい そうけん）は、寛政8年（1796年）に生まれ、文久元年5月23日（1861年6月30日）に没した、江戸時代末期の医学者であり蘭学者です。

宗謙は、美作国真嶋郡旦土村（現在の岡山県真庭市の一部）で医師の家に生まれました。1810年に父を亡くした後も、医学の道を志して研鑽を積みました。

文政6年（1823年）、宗謙は長崎へ渡り、ドイツ人医師フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトが主宰する鳴滝塾に入門しました。ここでオランダ語や西洋医学を学び、特に語学の才能を発揮しました。師であるシーボルトからは、『日本産昆虫図説』や『日本産蜘蛛図説』、さらにはクジラに関する記述である『鯨の記』といった文献のオランダ語訳を任されるほどでした。シーボルトが本国へ追放されるシーボルト事件の後も、宗謙はしばらく長崎に滞在しましたが、その後故郷へ戻り、医師として開業しました。

天保3年（1832年）には、美作勝山藩に藩医として召し抱えられます。しかし、後に藩医を辞し、備前国岡山（現在の岡山市）に移って再び開業医として活動しました。

宗謙の生涯において、最も波紋を呼んだ出来事の一つが、師であるシーボルトの娘、楠本イネへの医学指導です。弘化2年（1845年）、二宮敬作の勧めを受けて、宗謙はイネを預かり、約7年間にわたり産科医としての知識と技術を教え込みました。イネは後に日本初の女性産科医として知られるようになりますが、この指導期間中の嘉永5年（1852年）、イネは宗謙との間に娘である高子をもうけました。しかし、宗謙には既に妻がおり、天保11年（1840年）には長男の石井信義が生まれていました。師の娘であるイネとの間に子をなすという関係は、当時の社会規範や倫理観から見て到底許容されるものではなく、高子の手記には、この妊娠が強姦によるものだったと記されています。この一件により、宗謙はシーボルト門下の同窓たちから事実上の破門に近い制裁を受けたと伝えられています。

嘉永6年（1853年）、宗謙は江戸へと赴きます。ここで再び勝山藩の藩医に任じられるとともに、その優れた外国語の知識を買われて、幕府の公職にも就きました。彼は幕府の通詞（通訳）や、外国文書の翻訳者として、開国期における日本の対外関係や西洋知識の導入に貢献しました。また、安政4年（1857年）には、江戸神田に設立された種痘所の開設準備にも協力するなど、近代医学の普及にも尽力しました。

文久元年（1861年）に66歳でその生涯を閉じた石井宗謙は、一人の医師として地域医療に貢献する一方で、蘭学者としてシーボルトに学び、幕府の役人として激動の時代に重要な役割を果たしました。楠本イネとの関係は後世に暗い影を落としましたが、彼の語学力と医学知識が、日本の近代化に少なからず影響を与えたことは事実です。

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