石干見

石干見（いしひび）

概要

石干見は、干潟や遠浅の海岸に岩石やサンゴ石灰岩を積み上げて作られる半円形あるいは馬蹄形の構造物、またはそれを用いた伝統的な漁法を指します。この漁法では、満潮時に構造物の内側に入り込んだ魚介類が、潮が引いた際に仕切りに取り残されるのを捕獲します。潮の干満差が大きく、石材が容易に入手できる沿岸域であれば、世界中の広い範囲で見られます。

特徴と分布

石干見は、東アジア（日本列島、朝鮮半島南部、台湾、中国大陸沿岸部）、東南アジア、南太平洋の島々、ペルシャ湾沿岸を含むインド洋、アフリカ（南アフリカ、西アフリカ）、ヨーロッパの大西洋沿岸、北アメリカ（先住民によるもの）など、非常に広範な地域で確認されています。その形態や規模は地域によって多様です。

日本語の「石干見」という名称は、海底に木や竹を立てて魚を誘い込む漁具である「篊（ひび）」に石を使用することに由来すると考えられています。「いしひみ」と発音される場合もありますが、地域によっては様々な通称で呼ばれています。例えば、福岡県や大分県の一部では「ヒビ」、佐賀県鹿島市では「イシアバ」、長崎県の一部や鹿児島県では「スクイ」または「スキ」、五島列島では「スケ」や「スケアン」と呼ばれています。沖縄などの南西諸島では「魚垣（ながき）」として知られ、「カキ」「カチ」「カツ」といった呼び名があります。

歴史的背景と研究

文化人類学者の西村朝日太郎氏は、石干見が狩猟採集社会にも存在することから、これを人類最古の漁法の一つと考え、「漁具の化石」と称しました。一方で、狩猟採集民が用いる小規模なものとは異なり、大規模な石干見の建造に関する確かな歴史資料は中世以降にしか見られず、こうした巨大構造物は農耕民などによって築かれたという説も存在します。

日本国内で石干見の存在を示す最も古い記録は、1707年の「島原御領村々大概様子書」とされています。南西諸島には、1824年に魚垣が作られた経緯を記した板証文が残っています。海外にも古くから石干見に関する記録があり、フランスのレ島のものは11世紀、中国福建省のものは1525年に編纂された書物に記述が見られます。

現状と価値

近年、動力船による漁業や沿岸部の開発が進んだことにより、多くの石干見が姿を消しつつあります。しかしその一方で、石干見が持つ独自の文化的な価値や、干潟の生態系を保全する上での貢献が再認識され、各地で保存や復元の試みが始まっています。石干見は、国際連合教育科学文化機関（ユネスコ）が定める水中文化遺産保護条約において、水中文化遺産の一つとされています。

日本の事例

日本各地には、現存または復元された石干見が存在します。長崎県では、諫早市に現役の石干見が1基あり、「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」および市の有形民俗文化財に指定されています。島原市にはかつて多数ありましたが、現在は復元を含めて3基が残るのみです。そのうち大三東のものは、かつて大量のボラが獲れたことから「ボラズッキイ」と呼ばれ、獲れたボラを供養するための石塔が建てられています。南島原市布津町や、痕跡が良好に残る雲仙市（かつてクジラ漁獲記録も）にも石干見が見られます。五島市塩水では、現在観光や学習に活用されています。大分県宇佐市長洲でも復元された石干見が観光資源として利用されています。沖縄県では、下地島の魚垣が百選および市の有形民俗文化財、石垣島白保の魚垣が復元、小浜島にある大規模な島本海垣が竹富町の指定文化財となっています。奄美大島などにもかつての痕跡が残っています。

世界の事例

中国では石干見は一般的に「石滬（シーフ）」と呼ばれます。ミクロネシアのヤップ島には矢じり形の「アッチ」という石干見があり、ハワイ諸島ではボラの養魚池へと進化した形態も見られます。アフリカでは、南アフリカに「フィス・ファイウェル」、西アフリカのギニア湾沿岸にも分布しています。近年、海洋考古学の観点から、先史時代の石干見の発掘調査も行われるようになりました。オーストラリア先住民が築いた石造のウナギ罠を含む「バジ・ビム文化的景観」は、石干見の変種とも考えられ、2019年にユネスコ世界遺産に登録されました。

石干見は、人類が古くから自然の営みを利用して食料を得てきた知恵の結晶であり、地域の文化や生態系と深く結びついた貴重な遺産です。今後の研究や保全活動によって、その価値がさらに広く認識されることが期待されます。

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