砂糖依存症

砂糖依存症（さとういぞんしょう）

砂糖依存症（Sugar Addiction）とは、甘い飲食物に含まれる砂糖を過剰に摂取することで、様々な健康問題の原因となる依存症の一種ではないかとする仮説です。「砂糖中毒」とも呼ばれます。

科学的見解と批判

この概念は一般に広まりつつありますが、現時点では科学的な裏付けが十分とは言えず、確立された医学的診断名ではありません。その根拠のほとんどは動物実験によるもので、人間を対象とした臨床研究が不足している点が専門家から指摘されています。

2016年に発表されたレビュー論文では、砂糖依存症という概念について、証拠の不足から科学的な説得力に欠け、公衆衛生に関する推奨事項に含めるべきではないと結論づけています。このレビューは、動物実験の結果は信頼性が高いとは言えず、薬物依存症を定義する上で重要な要素（例えば摂取量と影響の関係など）が十分に評価されていない点を挙げています。また、人間が砂糖を単独で摂取することは稀であり、甘いものを食べた際の行動や神経系への影響に関する既存研究も、砂糖依存症という概念を直接的に支持するには間接的すぎると批判しています。

甘味のメカニズム

私たちが甘いと感じる砂糖の主成分はショ糖（スクロース）です。ショ糖はブドウ糖（グルコース）と果糖（フルクトース）という二つの糖が結合したもので、特に果糖が独特のおいしい甘さを感じさせます。清涼飲料水などに広く使われている「高果糖コーンシロップ」のような異性化糖は、果糖とブドウ糖の混合物であり、例えば「果糖ブドウ糖液糖」は果糖の割合が55%程度のものです。これらの糖分が健康に与える影響は、ショ糖と似ているとされています。

動物実験から示唆される可能性

医学的なコンセンサスはまだ得られていませんが、一部の研究者は動物実験を通じて、砂糖の摂取が依存症に似た行動や脳内の変化を引き起こす可能性を示唆しています。

1998年、キャサリン・デスメゾンズは、砂糖が脳内のオピオイドμ（ミュー）受容体を活性化させる生理的状態として、砂糖依存症の概念を提唱しました。先行研究で砂糖が鎮痛作用を持ち、モルヒネの効果を妨げる可能性が示されていたことから、デスメゾンズは砂糖が他の薬物依存症と同様の依存を引き起こす可能性があると指摘しました。

その後に行われた動物実験は、この仮説を補強する結果をもたらしています。プリンストン大学のバード・ホーベルらの研究チームは、砂糖が他の薬物に対する「ゲートウェイドラッグ」（入門薬物）として機能する可能性に着目し、砂糖の神経科学的な作用を詳しく研究しました。

2008年のホーベルらによる研究では、断続的かつ過剰な砂糖の摂取がラットの行動や脳の神経化学に与える影響が報告されています。この研究では、砂糖が脳内のドーパミンやオピオイド系に作用し、動物が「乱用」「離脱症状」「渇望」「交差感作」といった、薬物依存で見られる過程と同様の行動を示すことが観察されました。具体的には、脳の報酬系に関わる側坐核（そくざかく）において、ドーパミンやオピオイド受容体の結合状態の変化、特定の遺伝子（エンケファリンmRNA）の発現量変化、ドーパミンやアセチルコリンといった神経伝達物質の放出量変化などが確認されています。これらの神経系の変化は、薬物依存における神経の適合性を示唆するものです。

また、リーア・アリニエーロはラットを用いた実験について、砂糖や甘味成分が脳のβ（ベータ）エンドルフィン受容体部位を活性化させることを指摘しています。この受容体は、ヘロインやモルヒネといったオピオイド系薬物を摂取した際に反応する部位と同じであり、砂糖の摂取が脳内で鎮痛作用や快感をもたらす物質の分泌を促す可能性を示唆しています。

さらに、砂糖関連企業が行った実験では、カロリーを含まない人工甘味料を投与されたラットにおいても、砂糖の場合と同様の脳活動や行動の変化が報告されています。これは、甘味そのものが脳の報酬系に影響を与える可能性を示唆しています。

摂食障害との関連性

動物実験では、過食のような中毒的な行動は、甘味のある食品を一度にたくさん与えるのではなく、断続的に（時間を置いて繰り返し）摂取させた場合にのみ現れることが示されています。このことから、これらの行動変化は、砂糖による直接的な神経化学的影響よりも、断続的な摂取という行動パターンそのものによって引き起こされている可能性が高いと考えられています。

この動物実験の結果が、人間の摂食障害の発症や維持にどの程度関連しているのかについては、さらなる研究が必要とされています。人間の摂食行動は、動物とは異なり、心理的、社会的、文化的な要因が複雑に絡み合っているため、動物実験の結果をそのまま人間に当てはめることはできません。

まとめ

「砂糖依存症」は、砂糖の過剰摂取と依存症様の行動・脳機能変化の関連性を示す仮説であり、主に動物実験によって支持されています。脳の報酬系におけるドーパミンやオピオイド系の関与が示唆されていますが、人間における確固たる科学的根拠はまだ不足しており、医学界でのコンセンサスは得られていません。この概念については、今後の人間を対象とした詳細な臨床研究の結果が待たれます。

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