神籠石

神籠石：古代の謎に包まれた石の遺構

神籠石（こうごいし）または神籠石式山城は、九州地方から瀬戸内地方にかけて存在する、石垣で区画された独特な列石遺跡の総称です。一般的には『日本書紀』や『続日本紀』といった歴史書には記録がなく、遺跡からの発見によってその存在が明らかとなりました。

命名の経緯と論争

「神籠石」という名称は当て字であり、その由来は明確には分かっていません。「こうご」の本来の意味についても諸説あります。高良大社周辺の岩石を指す名称が、近隣の列石遺構と混同され、後に同様の遺構にも用いられるようになった経緯があります。そのため、本来の意味からは逸脱している可能性が高いと言えるでしょう。実際、近年では「神籠石」と名付けられていた史跡の名称が変更されるケースも見られます。

神籠石の存在が学会で発表されたのは1898年（明治31年）、小林庄次郎による筑後・高良山神籠石の紹介が最初です。その後、1900年（明治33年）に八木奘三郎による九州各地の神籠石踏査調査が実施され、城郭であるとの主張がなされました。しかし、喜田貞吉が神社を取り囲む聖域であるとの反論を行い、霊域説と城郭説の論争が巻き起こりました。

この論争は、1963年（昭和38年）に佐賀県武雄市おつぼ山神籠石の発掘調査で決着に向かいます。発掘調査では、列石の背後に版築による土塁、前面には掘立柱の痕跡が発見され、山城としての性格が確定したのです。

神籠石の特徴

神籠石は、標高200～400mの山腹、複数の谷を取り込む立地条件に築かれています。数キロメートルに渡って、一辺約70cmの切石（きりいし）による石積み（列石）が配置され、その上部には版築による土塁が築かれています。列石の配置様式には、山頂から平野部に斜めに構築される九州型と、山頂を鉢巻状に囲む瀬戸内型があります。また、谷筋には城門や水門と思われる複数の石積み構造も確認されています。

興味深いのは、列石遺構内部に顕著な建物遺構が確認されない点です。『日本書紀』の記述と関連付ける説もありますが、現時点では確証がありません。

神籠石の性格と築造年代

神籠石の築造主体や目的、年代は依然として不明な点が多く残されています。それぞれの遺構の特徴は大きく異なり、例えば御所ヶ谷神籠石は後世に改修された形跡があり、雷山神籠石は生活域から隔絶した立地条件であるなど、多様な様相を見せています。おつぼ山神籠石の発掘調査では山城としての利用が確認されましたが、これが全ての神籠石に当てはまる訳ではありません。

神籠石がいつ頃作られたかも判明しておらず、仮に同時期に作られたとしても、その目的や築造様式にこれほど多様な違いが存在すること自体が、古代史研究において重要な意味を持ちます。

八木奘三郎は古墳石室の構築法との比較から、築造年代を推古朝（7世紀初頭）以前と推定しましたが、鏡山猛は列石前面の掘立柱の間隔から7世紀中頃以降と主張しました。しかし、いずれの説も決定的な証拠とは言い難く、築造年代は依然として謎に包まれたままです。

史跡指定と今後の課題

山城説と霊域説の論争が続くなか、古代の重要な遺跡であることは間違いなく、昭和20年までに数カ所の神籠石が史跡に指定されています。その後も指定数は増加しており、その重要性が認識されつつあります。しかし、その築造目的や年代、そして西日本各地に広がるその存在意義など、解明すべき課題は数多く残されています。神籠石の研究は、古代日本の歴史、社会構造、そして国家形成過程を理解する上で重要な手がかりとなるでしょう。今後の研究の進展に期待が寄せられています。

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