福地茂雄

福地茂雄氏は、激動の時代に日本の主要企業や公共放送のトップとして辣腕を振るい、文化振興にも尽力した希代の経営者です。1934年6月11日に福岡県戸畑市（現・北九州市戸畑区）に生まれ、2024年1月29日に89歳で生涯を閉じました。その多大な功績に対し、没後には正四位を追叙され、旭日重光章も受章しています。

長崎大学経済学部を卒業後、1957年に朝日麦酒株式会社（現アサヒビール）に入社しました。入社以来、一貫して営業部門を歩み、京都支店長や本社営業部長などを歴任。現場を知り尽くした営業のエキスパートとして手腕を磨きました。1988年3月、当時の樋口廣太郎社長にその能力を見出され、取締役に就任。経営の中枢に近い大阪支店長も兼務するなど、経営者としての道を本格的に歩み始めます。その後、専務取締役を経て、1999年1月には代表取締役社長に昇格。生え抜きの経営者として、アサヒビールのさらなる発展を牽引しました。2002年1月には代表取締役会長、2006年3月には相談役となり、第一線からは退きましたが、その影響力は長く続きました。

アサヒビールでのキャリアを終えた後も、その活躍の場は広がりを見せます。特に文化・芸術分野への造詣が深く、社団法人メセナ協議会の理事長や東京芸術劇場の館長を務めるなど、企業活動を通じた社会貢献や文化振興に積極的に取り組みました。

2008年1月25日、福地氏は第19代の日本放送協会（NHK）会長に就任しました。これは、NHK外部からの会長招聘としては、池田芳蔵氏以来20年ぶり2人目となる異例の人事でした。就任に際しては、経営委員会の一部委員から、当時の古森重隆委員長との親しさや、福地氏が報道畑の人間でないことなどを理由に反対意見も出ましたが、福地氏は記者会見で「古森氏には言うべきことははっきりと言う」と述べ、独立した立場から公共放送のトップとしての責任を果たす覚悟を示しました。

NHK会長在任中には、日本相撲協会の横綱審議委員会委員も兼務しましたが、2010年に発覚した大相撲野球賭博問題に際しては、公共放送としての立場から名古屋場所のテレビ中継を行わないという難しい判断を下しました。場所終了後には、その責任を取る形で横審委員を辞任しています。公共放送の受信料制度についても、番組視聴の有無にかかわらず、受信設備を設置していれば契約義務が生じるという法的根拠を明確に説明するなど、責任ある発言を続けました。日々の多忙な中でも、「NHKニュース おはよう日本」や「NHKニュース7」を欠かさずチェックし、「NHKスペシャル」「ためしてガッテン」「その時歴史が動いた」といった番組を好んで視聴していたといいます。

当初、福地氏は自身の年齢や体力を考慮し、1期3年の任期満了後の再任を望まない意向を示していました。2010年1月には一度、任期途中での辞任意向が報じられましたが、これは最終年度の予算策定作業への影響を考慮し撤回されたと見られています。予定通り2011年1月24日に任期を満了して退任。退任当日の夜には、NHK総合テレビに生出演し、視聴者への感謝と理解を求める異例の挨拶を行いました。

NHK会長退任後も、アサヒビール相談役や東京芸術劇場館長といった旧職に戻るなど、精力的な活動を続けました。さらに、2011年からは財団法人新国立劇場運営財団の理事長、2012年からは一般財団法人市川森一脚本賞財団の理事長に就任するなど、再び文化・芸術分野の要職に就きました。また、一般財団法人防災検定協会の顧問や中央防災会議委員も務めるなど、社会の安全・安心に関わる分野にも貢献。その晩年まで、多岐にわたる領域で培った経験と手腕を惜しみなく発揮しました。

2024年1月29日、脳出血のため永眠しました。89歳でした。アサヒビールを日本の代表的なビールメーカーへと押し上げ、NHK会長として公共放送の信頼維持に努め、さらに文化振興や社会貢献にも尽力した福地茂雄氏の生涯は、多くの人々に記憶されることでしょう。

主な役職

福地氏が歴任した主な役職は以下の通りです。

アサヒビール株式会社 専務取締役、代表取締役社長、代表取締役会長、相談役
第19代 日本放送協会（NHK）会長
日本相撲協会 横綱審議委員会委員
財団法人新国立劇場運営財団 理事長
一般財団法人防災検定協会 顧問
中央防災会議 委員
一般財団法人市川森一脚本賞財団 理事長
社団法人メセナ協議会 理事長
東京芸術劇場 館長
東京福岡県人会 会長

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