稲子湯温泉

稲子湯温泉

長野県南佐久郡小海町、北八ヶ岳連峰の山麓に広がる松原湖高原の一角に位置する稲子湯温泉は、標高およそ1500メートルに湧く静かな温泉地です。周囲は深い山に囲まれ、特に針葉樹林が豊かな自然景観を作り出しています。ここには「稲子湯旅館」という名の山小屋風の小さな宿が一軒のみあり、年間を通して宿泊客を受け入れています。湯治を目的とする利用者のほか、北八ヶ岳への登山を計画する人々にとっても重要な拠点となっています。特に、本沢温泉や天狗岳などへのアプローチに利用されることが多く、登山シーズンには多くの賑わいを見せます。

温泉の特徴

稲子湯温泉の源泉は、泉温7.6℃と低い冷鉱泉です。この低温の源泉を主に加熱して浴用として提供しています。泉質は二酸化炭素硫黄冷鉱泉として知られており、胃腸病や神経痛などに効能があるとされています。また、こちらの温泉では源泉を飲泉することも可能です。

登山の拠点として

稲子湯旅館は、周辺の山々への登山口としても利用価値が高い場所にあります。ニュウ、中山峠、夏沢峠といった主要な登山ルートへのアクセスが比較的容易です。特に夏沢峠方面へ向かうルート上には、日本国内でも特に標高が高い場所に位置する温泉として知られる本沢温泉があり、稲子湯を起点にこれらを巡る登山者も少なくありません。

温泉の歴史

稲子湯温泉の発見は、慶應4年（1868年、同年のうちに明治元年と改元）に遡ります。当時、八ヶ岳を越えて諏訪と佐久を結ぶ道路開発に尽力していた原村の原田源吉らによって見出されたと言われています。その後、明治7年（1874年）には温泉としての開発が進められ、明治40年（1907年）4月23日には内務省東京衛生試験所（現在の国立衛生試験所に相当）による分析を経て、正式に冷鉱泉として認められました。

文学・映像作品との関わり

かつて作家の佐多稲子は、自身の名に含まれる「稲子」と同じ名称を持つこの温泉に興味を抱き、実際に訪れました。その体験をもとに随筆『稲子湯行き』を発表しています。また、小海町観光協会の公式情報によると、映画『岳』のロケーション撮影にも利用されたことがある場所です。

交通アクセス

稲子湯温泉へのアクセスは、林道夏沢峠稲子湯線や長野県道480号松原湖高原線を経由します。公共交通機関としては、JR小海線（八ヶ岳高原線）の松原湖駅から小海町営路線バス「松原湖線」が運行しており、「稲子湯」バス停で下車することができます（2014年4月1日時点のダイヤに基づく）。ただし、バスが稲子湯まで運行しない場合や、運行期間外（概ね11月から4月までの冬期間は運休）には、松原湖近くにある「稲子登山道入口」バス停で下車し、そこから1時間30分ほどの徒歩でのアプローチが必要となります。

周辺の見どころ

稲子湯周辺には、自然や文化に触れることができる様々なスポットがあります。長野県の天然記念物に指定されている「山の神のサラサドウダン群落」は、約3ヘクタールの保護区域にサラサドウダンの群生が見られ、小海町営バスを利用して群生地前で下車できます。その他にも、小海町高原美術館や松原湖温泉、小海リエックス・スキーバレーといった施設、さらにはしらびそ小屋、みどり池、黒百合平、高見石、白駒の池、天狗岳、根石岳、本沢温泉など、八ヶ岳周辺の豊かな自然景観や登山スポットが点在しています。

稲子湯温泉は、静かな山間の一軒宿で心身を癒す湯治の場として、また、北八ヶ岳の多様な登山ルートへ挑むための前線基地として、訪れる人々に特別な体験を提供しています。

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