稲生川

稲生川（いなおいがわ）：不毛の原野を肥沃な大地に変えた壮大な水路

稲生川は、青森県十和田市を流れる人工河川であり、その総延長は約70kmに及びます。十和田市をはじめとする2市4町にまたがる6,000haもの広大な農地を潤し、地域農業を支える重要な役割を果たしています。農林水産省の疎水百選、全国疎水1位にも選ばれており、その歴史的・文化的価値は高く評価されています。

開削に至るまでの道のり：不毛の原野との闘い

稲生川が建設される以前、この地は火山の噴火による火砕流でできた荒地であり、夏には冷たく湿ったやませ、冬には八甲田おろしが吹き荒れる過酷な環境でした。その厳しさから「三本木原」と呼ばれ、人々が安定して住むことが難しい「三本木さ行ぐな」と言われるほどの場所でした。

盛岡藩の新渡戸傳は、この不毛の原野を稲作が可能な肥沃な大地に変えるべく、人工河川の開削、防風林の植樹、そして新たな町の建設を計画しました。水源となる奥入瀬川から太平洋岸までの全長は約40kmにも及び、途中にはトンネル水路を2本設ける必要がありました。標高差や厳しい自然環境が立ちはだかり、難工事となることは当初から予想されていました。

建設開始：困難を乗り越え、水路が開通するまで

1852年（嘉永5年）に三本木開拓の意見書が藩に提出され、測量が開始されました。1854年（安政元年）には建設に向けて有志が集まり始め、八戸出身の蛇口伴蔵をはじめとする多くの出資者から資金を募りました。

1855年（安政2年）に開発が許可され、ついに工事が開始されました。1856年（安政3年）には最初のトンネル水路が貫通し、翌年には2本目のトンネル水路も完成しました。新渡戸傳は役人として江戸に出たため、一時的に息子の十次郎が事業を引き継ぎました。

十次郎は稲生町を碁盤の目のように区画し、街中に水路を造りました。この碁盤目状の都市計画は、後の札幌市の都市計画にも影響を与えたと言われています。

導水、命名、そして完成へ：実り豊かな大地へ

1859年（安政6年）に新渡戸傳が三本木に戻り、同年5月4日についに導水が実現しました。藩主の南部利剛によって、この地が実り豊かになるようにとの願いを込めて「稲生川」と命名されました。

その後も工事は続けられましたが、一時中断。新渡戸傳の尽力により工事は再開され、1937年（昭和12年）には国費での開発が決定しました。太平洋戦争による中断を経て、1966年（昭和41年）についに太平洋へと到達し、稲生川は完成しました。

現在：歴史を未来へ繋ぐ

2013年（平成25年）には、トンネル水路を含む稲生川が「三本木原開拓施設群」の一部として土木学会選奨土木遺産に選ばれました。2014年（平成26年）には、その歴史的背景が評価され、国際かんがい排水委員会によるかんがい施設遺産にも登録されました。

現在も稲生川は十和田市をはじめとする地域の水田を潤す、なくてはならない水路としてその役割を果たし続けています。稲生川は、先人たちの不屈の精神と知恵、そして自然との共生が生み出した、貴重な遺産です。

関連項目

• - 十和田湖
• - 新渡戸傳（新渡戸稲造の祖父）

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