竹葉亭

竹葉亭（ちくようてい）

幕末期、江戸の地に産声を上げた竹葉亭は、悠久の歴史を刻むうなぎ料理の老舗として広く知られています。創業は嘉永年間、初代別府金七氏によって現在の東京都中央区新富付近に開かれました。当初は、近隣の剣術道場に通う武士たちの刀を預かる留守居茶屋として営業していましたが、やがてその業態は変化を遂げます。慶応2年（1866年）には「竹葉亭」と正式に名乗りを上げました。この「竹葉」という名称は、酒を指す雅称「ささ」に由来する「竹葉」から取られており、初代店主の号としても用いられました。明治5年（1871年）に刊行された「東京高名三幅対」に「蒲焼・京橋・竹葉亭」と記されていることから、この頃までにはうなぎの蒲焼を専門とする店になっていたことがうかがえます。

明治時代に入ると、竹葉亭はさらなる発展を遂げます。販路拡大を目指し、新富座への弁当納入を手掛けたことを皮切りに、歌舞伎座や帝国劇場といった名だたる劇場への仕出し事業を成功させました。店主の媚びない実直な人柄も評判を呼び、旧大名家である毛利家や黒田家といった名家にも愛される存在となりました。明治28年（1895年）には、尾張町に新たな支店を開設。この支店は西洋風のテーブル席を備え、「ソップ（スープ）」や「どぜう」、「鰻飯」などを提供するという、当時としては非常に近代的な趣きを持っていました。

大正12年（1923年）、関東大震災によって浅蜊河岸にあった本店は惜しくも焼失しましたが、すぐに京都から宮大工を招いて木造二階建ての新店舗を建築します。しかし、震災復興のための再開発事業により土地が収用されたため、翌年には現在の木挽町（銀座）の地へと移転しました。その後も積極的な多店舗展開を進め、大正15年（1926年）には丸ノ内ビルヂング内に和食店を出店。昭和初期には東京に14軒、大阪に10軒もの支店を擁する規模となりました。この時代の竹葉亭については、岸田劉生が「食堂風になって手軽になった」と評したり、高浜虚子が丸ビル店に通っていた様子がうかがえるなど、当時の文化人との繋がりも深く、広く親しまれていたことがわかります。なお、丸ビルでは震災後、多くの利用客に対応するため、日本で初めて食券制が導入されたことでも知られています。

困難な時代も経験しました。戦時中は米不足のため、うなぎに芋飯やうどんを添えるなど、苦肉の策で営業を継続します。昭和19年（1944年）には戦況の悪化により本店が休業を余儀なくされ、店舗は大蔵省関係の寄宿舎として利用され、一家は地方へ疎開しました。昭和20年（1945年）の東京大空襲では、木挽町本店、京橋店、丸ビル店、大阪の中之島店は幸いにも被災を免れましたが、他の多くの支店は焼失し、そのまま再開されることはありませんでした。終戦後も米の統制が続いたため、海草麺やサッカリン入りの汁粉などを提供する一方で、ごく一部の常連客には闇市で手に入れた米を使ったうなぎ弁当を密かに提供することもあったといいます。昭和24年（1949年）、飲食営業の許可を得て、ようやく通常の営業を再開しました。

戦後、わずか4店舗での再出発となりましたが、間もなく戦前のような支店拡大路線を再開します。関東では横浜そごうなどの百貨店に、大阪では商業ビルやホテル、さらには西宮市にも出店しました。名古屋にも和食店を開店するなど、その勢いは国内に留まらず、クアラルンプールやシンガポールといった海外にも店舗を構えるに至ります。平成2年（1990年）に開店した大阪リーガロイヤルホテル店は、建築家・出江寛氏の設計によるもので、吉田五十八賞をはじめとする数々の建築・デザイン賞を受賞するなど、空間デザインの面でも高い評価を得ました。

近年では、美食の評価でも注目を集めています。平成20年（2008年）に初のミシュランガイド東京版が発行されると、竹葉亭はうなぎ店としては唯一、一つ星を獲得しました。その後、京阪神版でも西宮店が星を獲得するなど、その味と品質は現代においても高く評価されています。

創業以来、竹葉亭の暖簾は別府家によって守り継がれています。初代金七氏から数えて、現在の当主である八代目別府晋氏まで、歴代当主たちはそれぞれの時代において店を支え、発展させてきました。二代目金七氏は山岡鉄舟に剣道を学び、琳派の画を収集するなど文化的な素養を持ち、四代目信雄氏は椿栽培や書物、将棋を愛するなど、それぞれの当主には多様な顔がありました。

竹葉亭は多くの著名人にも愛されてきました。作家の寺田寅彦は竹葉亭の隣家に滞在し、鰻を焼く音や匂いを感じていました。北大路魯山人は鰻屋の一流店として竹葉亭を挙げ、店主の美術に対する造詣の深さを讃えています。歌人の斎藤茂吉は竹葉亭を特に贔屓にし、息子夫婦の見合いの席で残された鰻を食べたという微笑ましい逸話も残されています。また、竹葉亭は夏目漱石の『吾輩は猫である』や泉鏡花の『婦系図』、林芙美子の『多摩川』など、日本の近代文学作品にもその名が登場しており、当時の人々の暮らしや文化の中にしっかりと根差していたことがうかがえます。

現在、竹葉亭は本家株式会社竹葉亭、株式会社東京竹葉亭、株式会社大阪竹葉亭といった体制のもと、木挽町本店を中心に複数の店舗を展開し、多くの人々に伝統の味を提供し続けています。

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